女王様のため息
そして幸せな女王様




   *   *   *


その後数日間、私の周辺は、激動という言葉がふさわしいくらいの慌ただしさ。

「退職、撤回してもらえないだろうか?」

総務部の部長から話がすぐに回ったらしい人事部の部長にまで呼び出されてそう請われてしまった。

「一旦は研修部への異動を伝えていたのに間際になってそれを取り消したことは申し訳なく思ってる」

人事部長から直接謝られて、それまで打ち合わせ室の椅子に座っていた私は思わず立ち上がって

「いえ、いいんです。その事はもういいんです。会社の事情はよくわかってますから気にしないで下さい」

思わず大きな声で部長が頭を下げそうになる様子を遮った。

一介の平社員に頭を下げてくれる人事部長に驚くとともに、会社が決定する事には従わなければいけない会社員としての自覚を持っているせいか、そんな部長に申し訳ない思いすら感じる。

「研修部への異動の件が退職の理由ではないんです。
まあ、その話が出た事で色々と考えるようにはなったんですけど」

「じゃ、どうして突然?まだ5年目だろ?うちの会社じゃ結婚しても出産しても働いている女性は大勢いるし、そんな女性が働きやすいように厚生関係も整えているんだ」

諭すような低い声が、さほど広くもない部屋に響く。

「結婚するとも聞いているけれど、夫婦揃って本社勤務なら特に問題はないだろ?」

「はい……。それはそうなんですけど」

「なら、」

なら、どうして退職を望むのか。

部長はそう言葉を続けようとしているのがわかった。

総務部の部長からも何度も退職を慰留する言葉をかけられて、その都度真摯に考えている。

私が退職を希望する事で、社内でも重いポジションに就いている人達が時間を割いてくれる展開を全く予想していなかったとはいえ、驚きと共にやっぱり嬉しさも感じる。

私が退職の意思を部長に告げた時、周囲には総務部をはじめ株主総会をサポートしてくれたあらゆる部署の面々がその場にいたおかげで、その事が一気に広まり

『もう少し働いてくれよ』

『誰が引き継ぎをしたって、真珠さんのレベルの仕事をすぐにこなせないだろう?』

『司が退職を望んでるのなら、俺が説得するから辞めるなよ』

社内ですれ違う人たちから何度も声をかけられた。

そんな思いがけない事が続いて、社内での私の存在意義が見いだせるようでうれしくもある。

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