女王様のため息
結局、司への返事をしないまま部屋に戻った。

マンションの下まで送ってくれた司は、

『何もしないでいる自信がない』

とあっさりと、そして何かを秘めたような声で肩を竦めると、軽く私の腰を抱いて。

『待つだけだから』

何度か私に言った言葉を再び残して帰っていった。

見慣れている司の背中。

いつも、二人で会った後に振り返る事もなく帰っていく司の背中を見る度に苦しくて寂しくて、自分のものではない人へのがんじがらめの想いに溢れていたけれど。

司の気持ちと私の気持ちを重ね合わせる事ができるとわかった今。

その背中から与えられる寂しさよりも、愛しさの方が大きくなっていると気づいた。

なんて単純な私の気持ち。

司が私を大切に思ってくれていて、愛していると言ってくれた途端にきゅっとなる心臓と、まるで地面から浮いてしまったような足元。

まるで初恋が実った高校生のような、そんな気持ちになった。

駅へと向かう司が振り返って私に手を振ってくれた時、私の顔は熱く緩んでしまったに違いない。

夜の帳に助けられて、私の真っ赤な顔はきっと司には見えていないはずなのが、せめてもの救いだ。

これまでとは違う視線のやりとりを、離れた場所に立って交わしながら、予想もしなかった状況に戸惑いと興奮。

そして、それでも。

どうしても考えてしまうのは、司の彼女……だったという人、美香さんの事だ。

彼女は、ちゃんと司との関係に距離を置けるのだろうか、と。

司の気持ちではなく美香さんの気持ちを、どうしても考えてしまった。
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