絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

あまりにも悲しい同棲生活

 それで納得するのなら、という最後の一言をその時は全く気にもとめなかったが、自宅と称されるいつもの荘厳なマンションに来て、思う。
 ここは別荘なのかもしれない、と。
 聞いたことはないが、おそらく何十万もしそうな本革のソファ、スリッパが深く沈む絨毯に、大理石のテーブル。部屋は全部で6つあり、マンションの最上階フロアをすべて使っている。この、一人で否や、二人で住むには広すぎるマンションを、自由に使わせてくれる。
 行ってはいけない部屋、見てはいけない引き出しなどはない。
 ルームサービスは使い放題、洗濯もすべてクリーニングサービスに出し、ハウスキーパーが毎日訪れ、この上ない贅沢をさせてくれている。
 ただ、そもそも住居として使っていた東京ルームシェアマンションを引き払うのは怖かったので、そこの家賃は払い続けるとしても、十分納得のいく暮らしではある。
 だからといって、巽が毎日帰って来るわけではないが。
 同棲と称するには難しい2人の時間が流れ始め、はや2週間になる。
 最初、東京マンションに秘書を迎えに来させ、自宅に呼んだと思ったら、すぐにルームカードキーを渡された時は、まさか同棲の話が本当だったなんて思いもしなかった香月にとって、目を白黒させるばかりの驚きであった。
 どうとって良いのか分からず、「え」と「うん」くらいしか言わなかったような気がする。何故なら、すぐに使い慣れたベッドの上で横になってしまったから。
 今までの人生の中で男性に縁があるにはあったものの、同棲という状態を体験したとがない香月にとって、その暮らしは想像とは全くかけ離れたものであった。
 豪邸で待つ香月と、時々現れる巽。
 9月5日の誕生日は簡単に過ぎ、27歳になったことも、多分知らない。
「……何のはずみでここへ来るの?」
 同棲開始一週間後に、久しぶりに会った時、あたりさわりなく聞いた。
「どういう意味だ?」
 何が伝わらなかったのか、巽はそれだけ言うとうとうとし始めた。おそらく疲れ切ってようやく帰って来たのだろう。気持ちは分からないでもないが、それはただ巽の欲望を果たしただけに過ぎず、顔を顰める他なかった。
「……いつもどこで寝てるの?」
 目は閉じていたが、思い切って聞いた。
「先週は京都、昨日は会社だ」
 京都、出張?
 ならそう言ってくれればいいのに……。
「今週はいつ来るの?」
「さあな……」
 目を開くこともしない。
「……」
 仕事が忙しいと真に受けるべきか、それとも、ここは別荘なのか。いや、愛人一号邸なのか。
 考えれば考えるほど、顔を顰めてしまう。
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