絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

体の関係

繁忙期のまっさかりの7月半ばの水曜日の深夜。まさか、明日が木曜日で、仕事が休みだと分かっていて電話をかけてきた可能性は低いだろう。
『今、仕事が終わった』
「今!? 残業?」
 午前〇時を前に、もう寝る準備をまさに今しようとしていた香月は、携帯に一人、笑顔で話しかける。
 自宅へ遊びに行って以降、一度だけ巽に電話をかけてみたが、彼はこちらに無駄話をする気などないらしく、
『用がないなら切るぞ』。
 その一言を言われるのが怖くて、二度とかけてはいない。
 その彼が、約一週間ぶりに連絡をよこしたのだから、さあ大変だ。まさかのうきうき長電話が期待できるのか、それとも今から会える、の一言が聞けるのか。
『いや、今日は早い方だ。少し時間ができてな。今は自宅か?』
 既に風呂に入ってパジャマで、今日明日ぐっすり休んで、また金曜からの店舗応援に疲れ果てるつもりの香月だったが、若さと気力で、次の返事をはっきりと言った。
「うん、家。寝るとこだけど、もしかして、会えるの?」
『ああ。国際ホテルに今日は泊るつもりだ』
 新東京マンションよりは近いが、それでもここから、15分はかかる。
「じゃあ行こうか……。ちょっと待って。着替えてタクシーで行くから」
『待たせるな』
 何様のつもりだ!? と苦笑しながら電話を切る。
 更に慌てて、パジャマを脱ぎ棄てティシャツとスカートに着替えてバックを握りしめ、携帯だけ確認して家を出た。財布の中身は必要ない。
 ホテルに常駐しているタクシーにすぐ乗り込み、今日の疲れをすべて忘れて、タクシーの揺れを心地よく感じながらサイドウィンドの外を眺める。
「ロビーに着いたけど、部屋どこー?」
『8078、セミスイートだ』
「スイート……何階?」
『8階だ』
 セミスイートというのは、スイートより少し安いということだろうか? それでも、一泊どのくらいするのか聞いてみよう。
 エレベーターの中で、ふと自分の顔を見て気づいた。化粧もせず、完全寝る前のどうしようもない顔である。
 自分達の仲がそこまで縮まったつもりはなかったが、「待たせるな」の一言を信じることにして、香月は、エレベーターから深呼吸をして降りた。
 インターフォンを鳴らす、とすぐにドアが開いた。
「……入れ」
< 83 / 318 >

この作品をシェア

pagetop