一億よりも、一秒よりも。
ああ、そうだ。
彼が引っ張ってくれるなら、私は迷っているわけじゃない。
私が引っ張っていくなら、ナユタは迷っているわけじゃない。

もう一回、一緒に広すぎる海を進んでみようか。

 
太陽が隠れた世界、街灯の乏しい河原。
流れゆく水は黒くなって、対岸を自転車が走り去ってゆく。
どこかの家の犬が鳴いた。呼応するかのように、別の場所でまた犬が鳴いた。
 

隣を歩くナユタが、菜の花の香りを吸い込んだ。
私もつられて鼻に近づける。
甘い香り。青い春の香り。

「菜の花の香りってさ」
「全然、エロティックなんかじゃないから」
 
一緒に遭難しても、案外楽しいのかもしれない。たぶん。


【那由多。 了】
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