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 気違いじみた暑さに何もかもがだらりと溶けた、八月の終わり。
 俺は線路際の空き地にボロいバイクを止め、夏の日差しにじりじり焼けた黒いメットを脱いだ。
 頭を軽く振ると髪から汗が伝う。
 ぽたりと落ちた水滴が、乾いた地面に吸い込まれ、一瞬で消えた。

 今年の猛暑は、夏の終わりまで居座る覚悟を決めたらしい。
 まだ十時にもならないというのに、今日も殺人的な暑さだ。
 色あせた黒いTシャツに、流れた汗が滲みていく。

 鼓膜が破れそうなほどうるさい蝉の声に顔を上げると、貼られたばかりの市長選のポスターに、アブラゼミが二匹つかまっている。
 一匹は現市長のはげ頭の上、もう一匹は候補者の長い鼻の下。
 絶妙なポジションだ。
 その背後には、オレンジ色と黒の混沌とした街が見えた。
 空き地を挟んだビルの、ひび割れたモルタル壁いっぱいにペイントされたアートな落書き。
 毒々しい配色が、手前にある水色のさわやかなポスターを引き立てて、抜群の効果を上げている。
 電車の窓からセットで見たら、さぞや愉快なことだろう。
 いつの間に描き上げたのか。
 隼一の、グッド・ジョブ。

 この空き地は、少し前まで一番ヤバイ風俗が堂々と軒を連ねていた場所だ。
 通学電車から風俗店が丸見えじゃあ環境がどうのと偉いヤツらだかPTAだかが考えたおかげで、この街の誕生前から存在していた商売は、あっという間に姿を消した。
 道の表面の膿だけは綺麗に撤廃され、黄色いロープで化粧を施されている。

【市営立体駐車場建設予定地・立ち入り禁止】

 だからといって、人間の習慣はちょっとやそっとで変わるもんじゃない。
 このむやみにでかい公共掲示板と、隣に半端に残っているコンクリートの塀は、一部の善良な市民に今でもいたく重宝されていた。
 つまり、飲んで一発やりたくなったヤツの格好な目隠しとして。

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