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 『TOM BOY』と金文字で記されたドアを押すと、店内の冷たい空気とともにジルバがどっと流れ出してきた。
 今の時間はまだ一部。
 この高級クラブのホストは接客マナーも上品だから、ダンスタイムに心ときめかす奥様方が客の中心だ。

 キャンドル型のライトに照らされた、ほの暗い大理石のエントランスに入ると、すぐに若いイケメンホストがにこやかに現れて、さっきのオバサン達を手慣れた様子でウェイティング・バーに連れて行く。
 残された俺には、茶髪の細い男が嫌そうに近づいてきた。
 金づるになりそうもない客はどうでもいいという態度がありありだ。

 ピンストライプのスーツに白いシャツ、おきまりの太いシルバーアクセと大袈裟なブランド時計。
 車のワイパーみたいにつり上がった眉に、まつげの上向いたでかい目をしている。
 ざっと分ければ隼一と同系統の顔だが、こいつとヤツが同じ種類の顔に見えないのは何故だろう。

 ワイパー眉は怪訝そうに俺を見て、それから、「こちらのお店でよろしかったですか?」と聞いてきた。

「もちろん」

 と俺。

「初めてですか」

 とワイパー眉。

 視線が、俺の顔から色あせた黒いTシャツとすり切れたデニムに移り、そこで見下したような笑いを浮かべる。
 俺の外見に点数を付けているのだと気が付いた。
 こいつにはなによりも重要なことなのだろう。

 ワイパー眉はエントランスに飾ってある写真を指さし、小馬鹿にしたように言った。

「別料金でご指名もできますが」

 黒い革張りの、メニューみたいなご指名帳をよこす。
 写真に映る男たちは絶妙なライティングのもと全員顎を引き、少し上目遣いにこっちを見ている。
 自己陶酔に圧倒されたが、ここは笑うところではないのだろう。

「凄いね」

 真面目な顔で言うと、ワイパー眉は露骨に不愉快な顔をした。
 写真の一番上にいる自然な笑顔の男を指さし、俺は言った。

「ツバサを呼んでくれ」

「ツバサさんは初めての方にはつきませんよ」

「コウが会いたがってると伝えてくれればいい」

 驚くワイパー眉ににっこりと微笑んでやる。
 こいつと隼一の何が大きく違うのかわかった。
 小賢しさの有無だ。

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