ルージュはキスのあとで




「もしかして……京のこと、怖い?」

「へ?」



 思わず声をあげてしまった。
 図星です、とは言えず、目を見開いていたまま何も言えずに固まっている私を見て進くんは理解してくれたらしい。
 困ったようにクスリと笑った。



「確かに社交的ではないよね。京のヤツ、目つき悪いし」

「えっと……あはは」




 この場は、カラ笑いをして逃げておくしかないだろう。
 顔が引き攣りながらも、なんとか表面上だけでも笑顔をしてみる。

 まさか、「そうですよね、威圧的で怖いですよね」とは、長谷部さんと仲がよさそうな進くんに言えるはずもない。
 
 たしかに長谷部さんは、怖い。
 あの威圧的な態度。冷たい視線。低い声。大きな体。怖い顔。

 そして整いすぎている、きれいな顔。
 人の心を射抜くような切れ長な瞳。

 どれをとっても、私を萎縮させるだけの力を持っている長谷部さん。
 確かに怖い。とっても怖い。

 だけど、私の場合は長谷部さんに限ったことではない。そこがまた、大問題なわけだ。

 どんなに優しいから、話しやすいから。
 そんなことを言われても男の人が怖い。まっすぐと顔を見て話すことができない。

 やってやれないこともないだろうけど、かなりの労力を使う。

 そこまでして、男の人と話さなくちゃいけないんだろうか。
 これだけ苦労してくると、話さなくたっていいんじゃないかと自分に甘い考えさえも浮かんできてしまう。



 とりあえずこの23年間。とくに困ったこともないし、仕事関係でも今の時点でこの件に関して困っていることはない。
 むしろ煩わしさがなく、どこかホツとしている自分もいる。


ってことはだ。



 とくにこれからの人生、男がいなくたって困らないんじゃないかい!?



 もちろん、私にだって人並みに幸せを掴みたいと思ってる。

 だけど、実際問題同年代の男の人を目の前にして、気の利いたことのひとつも言えない、甘えてみることもできない。
 
 挙句、女子力低下により、ますます女としてのプライドも下降中。

 そんな私に、人並みな恋愛とか結婚なんてまずムリだ。

 考えだしたらきりがない。だけど考えずにはいられない。
 それだけ自分も気にしているということなんだろう。
 考えればかんがえるほど落ち込んできてしまった。
 元はといえば、こんな体験モデルなんて話が舞い込んだことがいけないんだ。

 皆藤さんに誘われたって着いてこなければよかったんだ。

 彩乃に押し切られたって、「絶対にムリだ!」と突っぱねればよかったんだ。


 それをしなかった自分が一番悪い。



 大きくため息をつく私に、キラキラ王子は憂いを帯びた瞳を向けた。





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