ルージュはキスのあとで
辛口メモリー




13  辛口メモリー






 天野正和(あまの まさかず)。
 彼は、私の実家の隣に住んでいる。
 
 所謂、幼馴染というやつだった。
 そして、お約束のように私は年上の正和くんのことが好きだった。

 憧れ、そういうものも相当強かったように思う。

 でも、私にとっては初恋だった。
 誰かがなんと言おうと、初めての恋だった。

 5つも離れているし、最初から相手にされるわけないということは重々承知していた。

 だけど……。
 あの日、初めて自分で買ったコスメの数々は、全部正和くんのためだった。
 少し背伸びしてオトナになった私を見てほしい。

 それだけだったんだ。

 初めて買ったルージュ。かわいいケースに入っていて、それだけで心が躍った。

 キレイな桜色のピンク。

 それを見るだけでドキドキした。

 ファンデーションを塗り、アイブローで眉毛を整える。
 アイシャドーは、少しだけ背伸びしてオトナっぽい色合いのものを選んだ。

 見よう見まねで、なんとか瞼にアイシャドーをのせ、アイライナーを引く。
 でも、このアイライナーが曲者だった。

 うまくやらないと太くなっちゃうし、気をつけないと目に入ってしまいそうになる。
 何度もふき取り修正をした。これにはものすごく時間がかかった。

 最後に、ゆっくりとはみ出さないように桜色のルージュを唇にのせる。
 艶やかな色合いの唇になっただけで、少しオトナになった気がした。

 少しだけオトナっぽい色あいのものばかりを揃えてしまったのは、正和くんの隣にいても違和感がないようになりたかったから。



「……できた」



 買ってきたコスメを、なんとかすべて使ってみた。
 鏡に映る私は、いつもの私なのに、化粧をしただけで少しだけオトナに見えた。

 それだけで心がウキウキと躍った。

 学校の皆んなが、休み時間のたびに鏡片手にメイク直しをしていた気持ちがわかったような気がした。


 キレイになるって、こんなに楽しいものなんだ。
 そんなふうに、ひとり悦に入っていた。

 
 そんなときだった。

 向かい側の家から、正和くんの声が聞こえた。帰ってきたんだ。
 ドキドキする胸を押さえながら、家を飛び出した。





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