ご存じも何も、広めたのは宗である。

卓巳の潔癖過ぎる身辺を憂慮して、朝美が卓巳の愛人であるかのような噂を流した。

その後、彼の下半身事情を聞いたときは、これまでの様子から『さもありなん』と思えたものだ。

だが巨大企業のトップとしては、あまり歓迎できる事実ではない。

そのため、朝美を“社長に捨てられた可哀想な女”に仕立て上げた。


「さあ、知らないな。だが、単なるやっかみだよ。君は社内で一番、社長の近くにいるからね」

「ええ、そうね。でも、あなたとの噂が本格的になれば、社長との件は完全に消えるわ。いいえ、消えなくてもいいのよ。社長との関係は切れているけど、信頼は変わらなくて、人事にも影響力がある、と思われたほうが、ね」


大胆にも朝美は、宗を疑似餌に使い出世目当ての男を捕まえるつもりだ、と言っている。

無論、額面どおりには受け取れない。エビで鯛を釣ると見せかけて、本当はエビで満足している可能性も大だ。


「よろしいのよ、別に。私はただ、契約社員に本社の秘書室で大きな顔をしていただきたくはないだけ……」

朝美はよほど後釜を狙うかのような香織が嫌いらしい。

あなたほどの男なら、何をどう言えば安全かくらいわかるはずよね……そんな言葉でけしかけられて、宗は再び椅子に座った。


お互いに、香織以外には結婚を口しないこと。宗は香織の転職先を見つけてくること。そして、再びセックスフレンドには戻らないことを約束して――宗は朝美の計画に乗ったのである。