愛を教えて ―背徳の秘書―
(15)女の涙
宗が香織のコーポに着いたとき、ポツポツと雨が落ち始めた。

今日はRX-7ではなくタクシーである。どうにか理由をつけて、宗は会社を抜けて来たのだった。



『待て……落ち着けよ、な、香織』

『死ぬわ。もう、どうでもいい。どうせ生きていても、よい事なんてひとつもないもの』


さすがに色んな経験をして来たが、女性に自殺を仄めかされたのは初めてだ。

まさか、いくら宗でも『勝手にしろ』とは言えない。話をしよう、ちゃんと聞くから……そんな言葉で落ち着かせようとした。


『じゃあ、すぐに来て!』

『無茶言うなよ。仕事中なんだ。ロンドン本社の件で会議が……』

『だったらいいわ。あの中澤とでも……メイドの娘とでも仲よくやるのね。私は、あなたの人生から消えるから……それで文句ないでしょう? さようなら』

『おいっ! 香織……』


しばらくすると、携帯の画面は通話時間に切り替わった。切れたのだ。いや、香織が切った。

いくらなんでも本当に自殺などしないだろう。そう思う反面、もし朝美を突き飛ばしたのが香織なら……相当不味いことになる。

宗は身内の不幸をでっち上げ、急遽、卓巳に別の秘書を手配したのだった。


< 87 / 169 >

この作品をシェア

pagetop