彼の手を目で追うのは、もう癖みたいになっていた。

 細くて長い指は節々が骨張っていて固そうだ。
 大きな爪は少し伸びかけていて、白い部分が僅かに指先から覗いている。
 健康的な艶のある爪。でも働き過ぎた指先は、少しだけ先の形が欠けている。

 私の視線に気づくと、彼は引き出しから小さなはさみを取り出した。

 彼は爪切りを使わない。
 まあるく、カーブに沿って綺麗に切り取っていく。
 三日月の形をした白い欠片が机の上に並んでいく。

「おねがい」

 すっと彼が右手を差し出す。
 右利きの彼。右は上手に切れないと言う。

 私は小さく喉を鳴らす。その音が物欲しげに聞こえませんように――そう願いながら、手を取った。
 見た目通りに固い手だった。でも指先だけは柔らかく滑らかだ。まるでそこだけ特別に手入れをしたかのように。

 指を一本ずつ左手に取って、右手ではさみを握る。
 彼が自分でしたように、指の輪郭通りに丁寧に切り取って行く。
 最後に念入りにヤスリをかけるまでが、私の仕事。

「できたわ」

 切り終わった頃、既に声が掠れていた。
 彼は私のそんな様子を見ると、ふ、と唇を綻ばせた。



『君を傷つけたくないから』

 そう言って右手の爪を私に切らせたのは、最初のときのことだった。

『爪切りだと割れるかもしれないから。
 割れてしまうと、傷がつくよね?
 君に、どんな小さな傷も付けたくないんだ』


 あの時から、それは儀式になってしまったのかもしれない。

 思い出した頃には喉がからからに渇いている。
 指先の柔らかさに、淫らな夢を見始めている。

「しよ?」

 私と同じ掠れた声に。
 抗うことなど、もう無理だった。

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