手も足も首もいらないと思った
 あたしの初恋はトルソーだった。中学校の美術室で出会った。入学して最初の授業。教室のうしろに飾られているのを見た瞬間、心臓をてのひらで包まれた様な気持ちになった。一目惚れだ。

 白いなめらかな肌、分厚い胸板。無駄の一切ない、引き締まった胴体。あたしはすぐにとてもさわりたくなったけど、みんなに見られるのが恥ずかしくて、できなかった。ふざけて触れる男子がすごく羨ましかった。
 しばらくは授業中に彼を盗み見るだけの毎日を過ごした。どうしても触れたくて、でもどうしてもできなくて。心臓を絞られるように切なくて、でもどうしようもなくて。

耐えられなかった。一秒でも長く彼の側にいたいと思った。だからあたしは、絵に興味なんかなかったのに、バレー部を辞めて美術部に入ることにした。これでやっと触れると思った。だけどなかなか彼に触れる機会はこなかった。

 チャンスが巡ってきたのは、中二の初夏。
みんなそれぞれに用事ができて、いつもより早く帰ってしまった。静まりかえった美術室。水っぽい絵の具の匂い。戸締まりを任されたあたしは筆を置いて、どきどきしながら彼に近づいた。深呼吸する。震える指をのばし、磨かれたような肌にそっとのせた。
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