始まりは、中学2年にまで遡る。

体調を崩して学校を早退すると、会社に行っているはずの母の車があった。帰っているのかと思ったら、玄関には鍵が掛けられていた。不審に思いつつ鍵を開け家に入ると、人の声があった。

啜り泣いては喘ぐ。
艶かしい声があった。

ただいまと声をかけられず、足音を忍ばせて声の主を探した。妙に胸が高鳴っていた。ドアの隙間から、母と男の姿が見えた。

何をしているのか、判った。
その行為をなんと呼ぶのかも、既に私は知っていた。
けれど、子どもの貧弱な想像力など吹き飛ばすような光景が、そこにはあった。


母が母ではない姿で悶え。
母が母ではない声で喘いでいた。


そして、母を母ではない生き物にしているのは、父ではない男だった。顔も見たはずだが記憶にない。ただ、黒子がある左前腕だけが私の記憶に残った。


あの日から、それを持つ男に会うと、私は淫らなことばかりを考える女になった。そんな日は、夢の中であの腕に縋っていた。






彼と出会ったのは3年前の合コンの席。人相は決してよくはない。けれど、あの腕を持つ男だった。

それを見た瞬間、私は堕ちた。
彼に堕ちた。


姫と下僕。
彼の友人たちは口を揃えてそう言って、どうやってこんな美人を捕まえたのかと彼を羨んでいた。

傍目にはそう見えると思う。
彼は優しく私に仕え尽くしてくれる。
でも、秘密の夜。
彼は私の王となる。
私は彼に跪く奴隷だ。


出会った日、私の熱を帯びて潤んだ瞳に気づいた彼は、私をホテルに誘った。気を失うことも許されず、彼の腕の中で全てを告白し、私は彼のものとなった。彼の腕は、私のものになった。



彼は夏でも寝室でも長袖の服を着た。

時々、腕を見せて私を苛む。








注文を聞きにきたウェイターの腕に目を奪われ、あの日覗き見たあの腕が脳裏に浮かんで、私の体に火をつけた。ウェイターが立ち去ると、彼は席を私の隣に移し、熱を持った私の手を左手で握り締めてきた。

「いい店だろう」

厨房に近いこの席は、忙しく動き回るウェイターの腕が何度も目の前を横切って、そのたびに、私の体にどんどん熱を籠もらせる。

いつしか、私は喉を鳴らして熱い息をこぼした。

彼は口元に隠微な笑みを浮かべて、シャツの袖を少しだけ捲った。




きっと、今夜はこの腕に、泣いて縋って悶えて狂う。
そんな夜になる。
そう思った。

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密フェチ    黒子 

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