barqueにゆられて
古橋と壱岐



 私は仕事に追われ、ようやく自宅に帰ると泥のように眠ってしまっていた。お蔭でお肌は砂漠のように荒れ放題で、どんなに化粧を頑張ってもカバーしきれない部分も沢山あって、そんな情けない顔を職場の男性たちに見られるのがとても恥ずかしかったわ。そして化粧に気を取られて、髪もまともにセットできないまま家を出る時間になり、慌てて鞄を取る……というのが私の日常。
 けれど、私はそんな日常とはおさらばしたの。
 女って不思議な生き物だと思わない? 恋をすると女はどうして、もっと綺麗になりたい、と思ったり、もっと手際よく仕事をこなしたい、と思ったりするようになるんだろうって。
 ――いいえ、不思議なのは女じゃなくて、そう思わせてくれる恋の力ね。
 辛い時、哀しい時、一人でいたくないけど仕方ないから家に帰って一人で食事を取る。けれどもし恋人がいたら、例え一人でいたとしても寂しさや不安なんて感じない。だって今そこにいなくてもメールをすれば、電話をすればそこに彼がいることが確かめられるから。不安な夜なんて過ごさなくてよくなる。
 メールで他愛のない話をするだけでも私の疲れやマイナスな感情はどこかに飛んで行っちゃう(違う、忘れてるだけ、なんてツッコミは野暮よ)。彼の声が聞けるだけで落ち着く、沈黙すら愛しい。電話を切るのが惜しい。ずるずる引きずって結局疲れている彼を夜中の三時まで起こしている罪な私。それでも許してくれる優しい彼。
「俺も声聞きたかったから」
と、欠伸をしつつ電話の向こうで笑ってくれる。申し訳ないな、と思いながらも甘えてしまう。やっぱり好きだから、恋をしているからこそ感じることのできる気持ち…。
 そんな甘い出来事を、ここ二年ほどしていなかった。恋しいとは一度も思わなかった、と言えば嘘になるけれど、私はようやく四度目となる恋を見つけることが出来て、毎日ウキウキしている。
 仕事で疲れて帰ってきても化粧はしっかり落とす、放置なんて絶対にしない。そしてお風呂から上がって暖かくして寝て、毎朝決まった時間に起きる。今までより早い時間にアラームをセットして、朝食をゆっくり多めに取る。たったそれだけでも身体の調子は随分と良くなった。疲れが取れやすくなった、ということなんだと思う。今まで抜きがちだった朝食を取るようになったのが一番大きいんじゃないか、と同僚の健康オタクには言われる。多分そうなんだろうな、と思いながら昼食は量少なめの手作り弁当。休憩時間には小さめの甘いものを一つとタッパに入れて持参した野菜スティック。
 恋をしてから変わったことと言えばこれくらい。体調管理が出来なければ、私のダーリンに会うことができないんだから。



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