好きだなんて言わない。
言えないんじゃなくて、言わない。

「買い出し遅いって、言われない?」

マンションのエントランスの影。
あたしの手から、するりとビニール袋が落ちた。

かしゃんとコンクリートと擦れる音。それに被さる、彼の声。

「道が渋滞でした」
「徒歩なのに?」
「レジが混んでたの」
「こんな田舎のコンビニが?」

そこまで言うと、彼の指先があたしの唇に当たった。
鼻先をくすぐるのは、彼のセブンスターの香り。
それは、あたしの口内に忍び込む。

味がする。あたしが一番酔いしれる、煙草の味。

「もう、黙ろうか」

言われなくても、黙る。
もう言葉なんか出ない。

ゆっくりと彼の指先があたしの舌に絡み付く。
わかってる。彼は、あたしがこの瞬間が、一番好きだってこと。

吐息を漏らす代わりに、目を閉じた。指先を五感で感じとる。反対の手が腰元に回される。あぁ、このまま始まって、そして、終わる。

快楽は一瞬だ。
現実に戻る瞬間も、彼の煙草の香り。

「土曜、暇なの?」
「いや」

ふうっと煙を吐き出して、彼は言う。

「土曜はデート」
「ふぅん、珍しい」
「たまには休みの日にデートしたいんだと」

そんなものなのか。あたしも携帯をいじりながら、たまには休日デートも悪くないな、と思う。

「戻るか」

一本煙草を吸い終わり、彼はマンションへと入って行く。
あたしもその背中に続き、何事もなかったかの様に、みんなの待つ部屋へ戻る。

部屋へ戻れば、あたし達はトモダチ。
ううん、別に今も、友達だ。
彼には彼女がいるし、あたしにも、彼氏はいる。

好きだなんて言わない。
言えないんじゃなくて、言わない。

あたしが好きなのは、彼の指先が、あたしのスイッチを入れる瞬間。
友達じゃない。恋人じゃない。
ただの、共犯者。

スリルを欲するのは、いけないことですか?

エレベーターの中、彼は何の前触れもなくキスをした。
愛でもない。恋でもない。
ただ体の奥底が求める、この上ない、罪の味。


共犯者に、恋をしてはだめ。

トモダチでなくなった瞬間、この、言い様のない味を味わえなくなるから。

唇を離して、あたしは小さく微笑んで、言った。


「愛を語ったら、ゲームオーバーだよ」



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密フェチ 

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