ビロードの口づけ
 今にも腰が抜けてしまいそうで、必死に足を踏ん張っているクルミにジンは平然と声をかけた。


「下がってろと言っただろう。何か拭くものをくれないか? これ」
「きゃあぁ!」


 いきなり目の前に血まみれの手を見せつけられ、クルミは反射的に飛び退いた。


「待ってください」


 それだけ言ってクルミは洗面所に向かった。
 しめらせたタオルを投げるようにしてジンに渡す。

 ぬれタオルで血をぬぐったジンの手を見て、クルミは目を見張った。
 しなやかできれいだと思っていた彼の指先には、獣のように鋭くとがった爪が生えていた。


「その爪……」


 クルミの指摘にジンは笑いながら軽く答えた。


「あぁ、オレは爪を自在に伸ばす事ができる。聞いてないのか?」
「何を?」
「オレには獣の血が流れている。オレの父親は獣だ」
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