ビロードの口づけ
 苛々したように促すジンを従えて、クルミは後ろ髪引かれる思いで食料置き場を離れた。

 廊下に出て部屋に向かいながらも、胸がもやもやする。

(自分の勘違いでコウを傷つけておいて謝りもしないなんて!)
 ほとほと歪んだ人だと半ば呆れていると、後ろから冷酷に楽しそうな声が響いた。


「あんた、オレに刃向かうとはいい度胸だな」


 ゾクリと背筋に悪寒が走る。
 すっかり考えから抜け落ちていた。

 ジンが少しくらい困ったらいいと思っていたが、この人を困らせると同等かあるいはそれ以上の報復を覚悟しなければならないという事を。

 恐る恐る振り返ると、目が合ったジンはニヤリと笑った。


「楽しみだ」


 今すぐにまた隠れたくなった。

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