クランベールに行ってきます
ラフィット殿下は結衣を見据えて嘲笑を浮かべると、小馬鹿にしたようにあごを突き出した。
「レフォール、叔父の私にまともな挨拶もできんのか。毎日フラフラと遊び呆けておると聞いたが、帝王学どころか礼儀作法も疎かになっているようだな」
(やっぱり、バカ王子?)
ラフィット殿下の辛辣なイヤミに結衣の愛想笑いは徐々に苦笑へと変わる。
ラクロット氏に王子の事を聞くのは王に挨拶した後の予定だった。
王子の事を何も知らないので、どう反応していいかわからない。
しゃべるなと言われたがどうすればいいのか、問いかけるようにロイドを見つめると彼が代わりに口を開いた。
「僭越ながら、レフォール殿下は先日風邪をこじらせて、喉を痛めておいでです。侍医から声を出さぬよう言われておりますので、平にご容赦願います」
ロイドがそう言うと、ラフィット殿下は鼻で笑い、
「そういう事情なら仕方ない。——という事にしておくか」
と言って、二人の前を立ち去った。
ラフィット殿下の姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、結衣はそちらに向かって舌を出した。
「やな奴。他人事ながらムカついた。なんであんなにイヤミなの?」
「あの方は殿下がいなければ次期国王になられるお方だ。だから頼りない殿下を快く思っておられない」
「それってヤバくない? 暗殺とか考えてんじゃないの? 王子様に忠告した?」
結衣が顔をしかめると、ロイドは険しい表情で結衣を見据えた。
「めったな事を口にするな。あの方の事は殿下ご自身が判断なさる事だ。オレがとやかく言う事じゃない」
確かに証拠もないのに適当な事を言うべきではない。
相手はこの国のやんごとなき身分の方なのだ。
後になって「間違いでしたすみません」ではすまない。
「……ごめん」
結衣が首をすくめると、ロイドは再び謁見の間に向かって歩き始めた。
少ししてロイドは正面を向いたまま静かに告げた。
「だが、おまえは殿下ではないから忠告してやろう。たとえ甘い言葉をかけられても、あの方に気を許すな」
横柄なロイドが自分の身を案じてくれた事が意外で、結衣は呆けたようにロイドの背中を見つめた。