クランベールに行ってきます
「そいつは一度だけ名前を登録する事ができるんだ。背中にあるボタンを押しながら名前を呼べば登録できる。以降、登録した声の主が名前を呼べば返事をするし、人工知能を搭載しているから声の主の命令を聞くようになる。話しかけていれば言葉も覚えるぞ」
「うん」
結衣は相変わらず感情のない返事をする。
興奮したように小鳥ロボットをアピールしていたロイドが黙って結衣を見つめた。
結衣は俯いてロイドから目を逸らした。
早く行って欲しい。もうそろそろ限界だ。
結衣の心を見透かしたように、ロイドは背を向けた。
「じゃあな。おやすみ」
「おやすみ」
ロイドが隣の部屋に姿を消すのを見届けて、結衣はゆっくりと手すりを離し、フラフラと王子の部屋の中に戻った。
お風呂に入ろうと思っていたが、そんな気力がなくなった。
さっさと寝てしまおうと寝室に入り、ベッドの側まで歩み寄った時、とうとう気力が途切れて、結衣は崩れるようにその場に座り込んだ。
肩に留まった小鳥が飛び立って、ベッドの上に舞い降りた。
ずっと我慢していた涙が溢れ出した。
結衣は座り込んだまま背中を丸め、項垂れて嗚咽する。
「……ひどい、あんなキス……」
背の高さがコンプレックスとなって、恋愛に消極的な結衣は男性と一対一で付き合った事がない。
キスはおろか、抱きしめられたのも初めてだった。
恋愛に夢を見すぎるなと友人にいつも言われていた。
白馬に乗った王子様を夢見るほどの少女ではないが、恋愛に少なからず夢を抱いていた事は事実だ。
告白をして互いの気持ちを確かめ合い、何度かデートを重ねた後、初めてのキスは軽く唇を触れあわせるだけ。
それから徐々にステップアップしていきたいと、相手も当てもないのに勝手に計画を立てていた。
ところが、告白もデートもすっ飛ばした上に、いきなり上級者向けの大人のキスを体験するとは夢にも思っていなかった。
初めてだと告げた時、ロイドが困惑と共に申し訳なさそうな顔をした。
それがイヤで咄嗟にウソだとウソをついた。
とても少女には見えない結衣が、キスさえ未経験だとは思ってもみなかったのだろう。