クランベールに行ってきます


 結衣は不思議そうに小鳥を見つめた。小鳥は何事もなかったかのように首を傾げている。まだ学習が足りなくて高度な命令はわからないのだろうか。
 結衣も首を傾げていると、目の前でロイドが腹を抱えて大笑いした。

「そういう命令は無効だ。人工知能搭載のロボットは決して人を傷つけないよう、あらかじめ絶対命令を焼き付けることが法律で義務づけられている。そういう邪な野望は捨てて、せいぜい”オレ”をかわいがってくれ」

 勝ち誇ったように腕を組んで見下ろすロイドを、結衣は頬を膨らませて見上げた。
 そして、ふと気付いて立ち上がると、ロイドに詰め寄った。

「ちょっと! どうしてあなたがここにいるのよ!」
「鍵どころか戸が開いていたぞ」
「だからって勝手に入ってこないでって言ったでしょ? しかも寝室まで入ってくるなんて、どういう神経してるのよ!」

 思考回路ならともかく、神経が疑われるのはさすがに看過できないらしく、ロイドが不愉快そうに事情を説明した。

「外から何度も声はかけた。だが、返事がない。まだ寝てるのかと呆れて、寝室の扉の隙間から拡声器で怒鳴ってやろうと思ったら、おまえがベッドの横にへたり込んでるように見えた。具合でも悪いのかと心配して差し上げたんだ。ありがたく思え」

 今度こそ本当に身を案じてくれたらしい。なにしろ本人が心配したと言っているのだから間違いない。間違いないけど、やっぱり意外だ。

「……ごめん、まぎらわしくて」

 結衣が素直に謝ると、ロイドは満足したらしく、

「まぁ、習慣の違いというのは誤解を生みやすいからな」

と、勝手に見当違いの結論に納得しようとしている。

「誤解しないで! 日本人もちゃんとベッドの上で布団かぶって寝るから!」

 妙な日本の習慣を頭にインプットされては困る。

「何か用だったの?」

 結衣が尋ねると、ロイドはポケットから見覚えのあるピルケースを取り出した。指先につまんだ銀の粒を結衣の鼻先に突きつけ、例のごとく命令する。

「口を開けろ。今日の分だ」

 結衣は黙って口を開いた。口の中に銀の粒が放り込まれ、ゆっくりと喉の奥に滑り落ちていく。少しして、咳き込みそうになる違和感が喉から消えた頃、ロイドが話しかけてきた。

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