クランベールに行ってきます


 振り返るとすぐ後ろで、ロイドがカップに入った熱い茶をすすりながら、同じものを結衣の前に差し出した。結衣は手の平の小鳥を肩に乗せると、両手でそれを受け取る。

「ありがとう。もう、すんだの?」
「いや、キリが悪くなるから休憩。もうすぐ昼だしな。探検はすんだのか?」
「うん、だいたい。午後は外に出てみるつもり」
「そうか」

 そう言ってロイドは再び茶をすすった。
 ラクロット氏は根拠のない噂だと言ったが、気になったので客室の幽霊についてロイドに訊いてみた。ロイドはそれについて肯定も否定もしない。

「幽霊っていると思う?」
「だから、それについては議論しない事にしている」
「なんで? 学者だから自分の目で見たものしか信用しないってこと?」

 結衣がからかうように指摘すると、ロイドは意味ありげに笑う。

「目で見たものほど信用できないものはないぞ」
「へ?」

 何を言っているのか意味がわからず、結衣は間抜けな声を出す。
 ロイドは得意げな表情で、我が意を得たりとばかりに説明を始めた。

「たとえば、その小鳥。オレが見ているものと、おまえが見ているものは全く同じじゃない」
 指差されて結衣は思わず肩の小鳥を見つめた。
「視力が違うから?」

 間抜けな事を問いかけたが、ロイドはかまわず続ける。

「そうじゃない。おまえは目でものを見ていると思っているだろうが、実際に見ているのは脳だ。目は映像を取り込んでいるに過ぎない。目から取り込まれた映像は脳で処理判断される。臓器の中で脳ほど主観や感情に機能が左右されやすいものはない。その脳が映像を処理判断する時、主観や感情を差し挟まないわけがないだろう? だから、おまえが見ているものと全く同じものをオレが見る事はできない」

 結衣は益々眉間にしわを寄せる。ようするに幽霊を見たというのは気のせいだと言いたいのだろうか。


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