【番外編】ルージュはキスのあとで




 あのいつも世間に見せていたクール王子は偽りの姿に思える。

 金曜日からの長谷部さんは、それはもう、どこをとっても甘ったるくて……こちらまで蕩けてしまいそうだ。

 今、思い出しただけでも顔から火が出てきそうだ。
 一人で悶絶して顔を隠す私に、彩乃はまだ追求の手を緩めない。


「長谷部さんと付き合いだして、今日は長谷部さんのおうちから出社したということはわかったわ」

「……はい」

「でも、それならどうして? このメイクよ?」



 彩乃が疑問に思うのも、もっともだろう。
 私の女子力向上のため、メイクを教えていたのは長谷部さん本人だ。

 それなのに、体験モデルを始める前のメイクのように戻ってしまっているのだから。
 もちろん、そこは長谷部さんだ。

 所謂ナチュラルメークといった感じで、きとんとメイクはしてあるのだけどね。

 ただ、それまではバッチリメイクだったのに、途端にナチュラルメイクになってしまうと違和感を覚えるのも無理はないと思う。



「確かにきとんとしたメイクをしているにはしているけど……前の真美みたいにナチュラルすぎると思うけど?」

「……」



 黙りこくる私を見て、真美は人の悪い笑みを浮かべた。
 そう、ニヤリと。

 思わず逃げ出したくなる私を捕まえて、彩乃は楽しそうだ。


「理由、長谷部さんから聞いているでしょ?」

「ウッ!」


 でもなかなか口を割らない私に、彩乃はますます笑みを浮かべる。



「でもなんとなく読めちゃったもんね」

「へ?」

「長谷部さんって、なにげに独占欲強いほうじゃない?」

「ど、どうして、」


 どうしてそれを? と口走ろうとした私に彩乃はニンマリと笑った。


「真美があんまりキレイになってきたから、それを阻止してのことじゃないの?」

「な、なぜ」


 なぜそれを!? と言おうとする私に、楽しそうに彩乃はウィンクをした。


「キレイな顔は俺だけが見て楽しめばいい、とか言ってフルメイクさせなかったんでしょ? 長谷部さん」

「っ!!」


 ちょ、彩乃!!
 アンタ、長谷部さんち来て、こっそりとみていたんじゃないでしょうね?

 一音一句間違わず、長谷部さんが言ったことと同じことを繰り返す彩乃。

 唖然として口を開けたままの私を見て彩乃は笑う。


「クール王子、京さまの意外な素顔を垣間見たわねぇ」


 ふふふ、と不気味な笑いをし続ける彩乃。

 私は、これ以上の追及を逃れるべく、そそくさと会社に戻ったのは言うまでもない。







 FIN




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