新撰組のヒミツ 弐

池田屋事件

その夜、出撃の準備を終えた新撰組は会津の藩兵の到着をひたすら待っていた。すでに約束の時間は過ぎたというのに彼らは姿を現さない。


隊士らには不安そうにお互いの顔を見合わせる者や、心を鎮めて精神統一する者、全く気にしていない者がいたりと様々だ。


近藤と土方は椅子に座り、両者無言だ。近藤は何かを思案しており、土方は完全に頭に来ている顔をしている。それもそうだろう。皆纏めて遅刻などあり得ないからだ。


(これは、臆したな)


泰平の世に慣れきり、いざとなれば判断力は鈍り動けない。今頃、彼らは不必要な会議を重ねていることだろう。


四国屋に向かう土方隊は二十名以上と大人数での編成だ。


池田屋に向かう近藤隊は、主軸に指名された沖田と永倉、藤堂、光が突入する。そこに、店の周りに包囲網を形成する彼らの部下たち──たとえば安藤など──を加えた、合計十一名の精鋭となっている。


そして、屯所守備は山南や山崎が務める。


「くそっ……連絡はついているはすだが」


焦れた土方を宥めるように、近藤が「もう少し待ってみよう」と皆に告げた。


光は装備の点検をしていた。太刀、脇差、短刀、密かに忍ばせたクナイは刃こぼれしておらず綺麗なものだ。そして、鉢金、胸当て、帷子、浅葱色の隊服──どれも異常はない。


近くにいた斎藤はやはり光の刀が気になるようなので、特に気になるらしい純白の短刀を貸した。刀身を現したり、柄を丹念に観察したり、よくも飽きないものだ、と光は苦笑した。その斎藤は土方の隊である。


空には月が顔を出している。


──時間は無為に流れていく。


暫く経った後、目を閉じていた近藤は何かを感じたように目を見開いた。


「歳、もう仕方がない」
「……ああ、そうだな」


それは土方も同様の気持ちだったらしく、待ちくたびれたように椅子から立ち上がった。


近藤も同様に立ち上がり、側にいた一人の隊士に声を掛ける。恐らく、会津藩への伝令だろう。その伝令が走り去った後、近藤と土方は隊士たちに向き直った。


「──時間は過ぎているというのに、藩兵は来る気配がない。このまま待っていては機を逃してしまうだろう。だから、私たちだけで行く。私たちが、奴らの計画を阻止するのだ。……皆の者、覚悟はいいか」


皆、表情が変わった。士気は十分に高まっているようだ。


光も表情を引き締める。研ぎ澄まされた冷静さと、高揚感、僅かばかりの緊張感は、実に良い心理状態だった。


「では、行くぞ!」


局長の叫びに隊士たちが雄叫びを上げる。土方隊と近藤隊はそれぞれ覚悟を胸に出発した。
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