ポンコツ王太子と結婚破棄したら、一途な騎士に溺愛されました
 そんなことを日々行っていれば、深窓の令嬢のように、食器と刺繍針しか持ったことは御座いません、といった白く柔らかな手でいられるはずもない。

 お付きの侍女に毎日盛大に嘆かれながらクリームをすり込まれ、マッサージで整えられたその手は、街の女の手と比べれば十二分に美しいが、それでもしっかりした手指は彼女の生き方をそのまま顕していた。

 そのため彼女にとって、公爵令嬢として公の場に出るときは、マナーとしてではなく、紗の手袋は絶対の必需品だ。

「孤児院にお友達と慰問に行くでしょう? 本当は子ども達と一緒に木登りや追いかけっこをしてみたいの。でも、ニナにそれだけは絶対ダメだって言われるのよね。私が好きにしていいのは、公爵家の中だけなんですって」

 ニナはジークウェルの妹で、やはりこの公爵家で行儀見習いをしている。将来はユフィーナ付きの侍女になるのだと言っていて、お転婆な少女に負けないよう、侍女修行に加えて体術の類も欠かさず鍛錬している頼もしい妹である。

 残念そうに溜息を吐く彼女に、それならばわざわざそんな思いをしに孤児院に行くこともないのではないかと問えば、拗ねた顔をしていた少女は、不意に大人びた微笑を浮かべるのだ。

「ねえジーク。私だって、私達が持っていくお菓子や、少しばかりの寄付金がより、私達が着ているドレスの方が遙かに高価だってことや、所詮お嬢様方の施しだって言われていることは知っているのよ?」

 それでもね、と首を傾げる仕草は、十四才の少女のものとしても、幼く感じられるのに。

「それでも、公爵家の娘が直々に行く、ってことが、人の目を集めるの。私達がきれいな服を着て、きれいな傘をさして、きれいな馬車に乗って、きれいなお菓子を持って行くと、子ども達も喜んで迎えてくれるのよ。人がいて、ちゃんとその目が行き届くようにするために、私達がしていることは、絶対無駄なんかじゃないの」

 それが嬉しい、と。

「私は、とても恵まれているのよね。だから、生まれたときからひとより出来ることが沢山あるの。それをするのが、ノブレス・オブリージュなんだってお父さまによく言われたわ。その義務を怠った瞬間、いつ命を狙われてもおかしくないのだから」
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