ベイビー&ベイビー
第16話
第16話


「……驚かないんだね、谷さん」

「……」

「皆の反応が普通だと思うんだけど。谷さん、タロットで占って知っていたとか?」

「残念、さすがにそこまではタロット占いでわからないわよ」


 プロじゃないし、そういって苦笑するさやか。

 ここは、営業一課があるフロアの休憩スペース。

 どうしても今日中に書類作成をしておかないとまずい仕事があって、さやかにサポートを頼んだのだ。
 そして、やっと終わった午後9時過ぎ。

 このフロアには俺とさやかだけになっていた。

 静まり返ったフロア。
 そこで俺は、数日前のさやかの態度を思い出していた。

 親父から携帯に電話があって、ロスへの打診があった次の週。
 すでに叔父である徹には、話が通っていて自分が動かずとも退社の旨が各所へと通達されていた。

 営業一課の部長も、俺の素性を知っている数少ない一人だ。
 
 だから月曜日に会議室に呼び出されたときに、すでに根回しが済んでいることを聞いて思わず苦笑した。
 親父は、俺がなんと言おうともロスを任せる気でいることがわかる。


「君の仕事の引継ぎ。どれぐらいで終わりそうかい?」

「そうですね……人選にもよりますが、取引会社周りなども含めて最低一ヶ月はかかるかと」

「うーーん。社長からは2週間でなんとかするように言われているんだよ。なんとかならないかい?」

「……結構な数の取引先がありますよ? 教える分には詰め込みでなんとかなるかもしれませんが、覚える側は地獄なのでは」

「確かになぁ。君が携わっていた仕事すべてを一人に引継ぎするのは厳しいなぁ」


 部長は肩を竦めて苦笑する。
 少しだけ考え込んでから、3人ぐらいに俺がやっていた仕事を分散してみようということで決着がついた。
 今日から忙しいな、と時計を見ながら確認していると、目の前の部長は大きくため息を零した。


「こんな日がいつか来るとは思っていたが……ついにといった感じだな。川野」

「はい、前から打診があったとはいえ、突然父から言われたので僕自身も動揺しています」

「よくいうなぁ川野。お前なら、こんなことぐらいなんてことないだろう?」

「とんでもないですよ、部長。今度赴任させられるところを聞いただけでうんざりです」


 厄介ごとを押し付けられた自分に、思わずため息を零す。
 そんな俺を見て、部長は少しだけ寂しそうに瞳を細めた。


「課の連中、寂しがるぞ」

「……そうでしょうか?」

「ああ、お前を慕っていたやつらばかりだったからな。でも、川野が本当は親玉の息子だったなんて知ったら腰抜かすな」

「親玉って」


 部長の言いように苦笑すると、部長はガハハと豪快に笑った。




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