溺愛MOON
訪れる終幕
かぐやに迎えが――、

来たんだ。


心臓が痛いくらいに嫌な不協和音を奏でているのが分かる。

私は視線を下げて、稲垣さんのスーツの足元を見ていた。


彼の足はもう島内地図には向かない。

真っ直ぐに左へ向かって、その先にあるのはホテルなんかじゃなく――……。


私は顔を覆ってしまった。

もう見なくてもどこへ向かったか分かる。


私達の長屋。


あの、ボロくて、蒸し暑くて、雨が降れば家の中まで浸食される、

だけど私にとっては最高に居心地の良い、あの二人の空間に――。


何度もシュミレーションしてきた、別れの覚悟は何の意味も持たなかった。

子どものように泣き叫んでしまいたくなる。


お願い、お願い。

かぐやを連れて行かないで。
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