恋なんてミステリアス
第五章 久しぶりの帰郷
 浜松町で電車を降り、モノレールに乗ったのは一年半ぶりであった。仕事が忙しい事を理由に遠ざかっていたが、心の底では苦い思い出に触れることを避けたいだけだった。真理恵は、車窓に流れるお台場を横目に見ながらどんよりとした灰色の厚い雲を眺めていた。

「土砂降りになるのかな」 

今から飛び立つ真理恵にこっちの天気など関係が無いのだが、何と無く気になった事が自分でも可笑しくなり、窓に映る自分の横顔にバーカと言ってみたりした。羽田空港第一ビルのアナウンスが流れ次第に速度が遅くなると、真理恵は膝の上に置いたバックを持って早々とシ―トから腰を上げた。
 
正月休み初日のビル内はさすがに混雑していて、セキュリティチェックには地面に落ちた飴玉に群がる蟻のように人が集り、早目にチェックを済ませるように催促するアナウンスが度々流れていた。
 真理恵はそれを一瞥すると、自動販売機に向かい缶コ―ヒ―のボタンを押した。 

「やっぱり買ってしまうんだよねえ」
 
自動販売機の取り出し口にガタンと落ちてきた缶を見ながら呟いた。今度からはお茶にしようと何度決意したことか。そのくせ、自動販売機の前に立つと必ずと言って良い程、決意を裏切ってしまう。頭では考えるが、行動に移せない自分が嫌で嫌で、今ではそれが相当のコンプレックスになってしまっていた。手っ取り早く近くの長椅子に座ると、嫌悪感と一緒にコ―ヒ―を流し込んだ。喉を過ぎるねっとり感と重い香り。真理恵は、飲み干して空となった缶を暫し眺めると、これが最後だと誓った。

「そう言えば、エスカレーターで上がって来る途中、左手を見下ろすと喫茶店のような食べ物屋が見えたな」
 
真理恵は、朝食を取っていないお腹に手の平をあてがいなから軽くさすった。 腕時計を見ると、定刻にはまだ一時間ちょっとある。どうしようかと迷ってもみたが、狭い店の席に座っていた数人のおじさん連中の中に混じって食い物をあさる自分の姿を想像すると、とてもじゃないが入っていく勇気は起こらない。かと言って、広いレストランのテーブルに一人でというのにも抵抗がある。あれこれ考えるが結局は、食事は抜きにしようという結論に至った。

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