最初から、僕の手中に君はいる

8 君を迎えに行くよ

『もしもし、ようやく明日だね』

「…………」

『あれ? 忘れてた?』

 8月初めの金曜日、退社早々携帯に電話をかけてきたのは、畑山であった。用件はもちろん明日の熱海のことに決まっている。

 先週食事に行ってから、毎日仕事で顔を合わせているが、畑山は食事の前日と何ら変わらない普段通りの姿で重要な書類をまとめていた。

 そういうキャラなんだ、とようやく畑山のことを少し理解する。

 目を合せてもすぐに逸らすし、話しかけられることも必要最低限、相手がこちらを特に気にしているという気配が全くない。

 仕事とプライベートを完全に分けているという面で、私は好印象を持っていた。

 というか、単に周囲からのセクハラ呼ばわり防止とも考えられるが。

『……ホントに?』

 長い沈黙のため、畑山は心不安な声を出した。

「あっ、いえ。大丈夫です。はい、覚えてます。今日夕方に連絡もらえなかったら、私からするところでした」

『悪かったね。天気がちょっと心配でね。でも天気予報見ると明日大丈夫そうだから』

「あそうなんですか」

『うん。だから、ジェットもしようと思ってね』

「ジェット……」

『マリンジェット。したことない?』

「えっ、はい。ないです」

『じゃあしよう。えっと、準備物は着替えくらいかな。水着でもいいけど、抵抗あるならスーツがあるから』

 水着!?

「えっあっ、み、水着ですか!?」

『スーツもあるから大丈夫。スーツは普通の服に近いよ。嫌なら水着の上から服を着てもいいし。嫌ならしなくてもいいし』

 マリンジェット、海のジェットスキー……。

「あの、船に引っ張ってもらうスキーのことですか?」

『ううん、水上バイク』

「あ……はい」

 なるほどぉ……水着……。

『僕のもあるけど、明日は熱海まで行くから吉住のを借りようと思って。クルーザーもあるから、それで無人島に渡って遊んでもいいし。準備が大変だから、バーベキューはこっちの岸でするけど』

 なんか、すごい高度な遊びだなあ……。

「あっ、はい」

『うん、じゃあ、準備物あるけどよろしくね。で、朝は少し早いけど8時に迎えに行くから』

「あっ、はい。すみません……」

 早!! 早く準備して寝なきゃ……。

『部屋番号は202だったね。部屋まで迎えに行くから』

「いえっ、あの、下で待っています」

『ダメダメ。部屋の中で待ってること。いいね?』

「……はい……」

 ……水着……。

 大学の時に買ったビキニの後は一度も買っていない。

 まさか、ビキニなんて着られない……。

 増してや、部長の大学の後輩の家族がいるのに、1人ビキニで浮くわけにはいかないだろう……奥さんは若いらしいが、子供が4人もいるし、ヤンキーか、オバサン化しているか……。

 その考えに到達し、服はもちろんカジュアルな、そして露出の少ない動きやすいものを選ぶことにする。

 海に入るために、着替えや化粧品もいるし、大変なことになったなと、私は早速準備を開始した。

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