Welcome to the world
プロローグ
強烈な甘い香り。黒い壁に囲われた、黒い家具を置いた部屋。それは、どこか鳥籠を連想させる場所だった。
部屋を出た僕に降り注ぐのは、八月の陽射し。暑さで目が眩む。

「君は用も無いのに、ドアを開け放つ事が趣味なのかい?そうでないのなら早急に閉めてくれたまえ。
それとも真夏の炎天下が好きか?ならばさっさと出て行ってくれ。残念ながら私は好まない。」

背後からの叱責。坦々とした口調に後押しされてドアを閉めた。
後に残るのは、甘い香りと微かな蝉の鳴き声。

ソファーに座り、チョコレートを齧る少女。純白の生地に深紅のリボンをあしらったワンピースを纏い、優雅に足を組む。
彼女の名は華蝶鈴(かちょう りん)。詳しくは分からないが、おそらく十五歳ほど。この部屋、マンションの一室を使い『扉屋』をしている。といっても、君たちが思うような扉を売っている訳ではない。

彼女が売っているのは、別世界への扉及びその鍵だ。

そんな訳だから、この部屋を訪れる者は皆、何らかの問題を抱えてやって来る。別世界等についての説明は、後々追って話す事にしよう。
因みに、僕の名は安立裕真(あだち ゆうま)と言う。二十三歳。一応、鈴の助手だ。何かのついでにでも覚えてくれ。

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