マザーリーフ
告白
潤はビールが好きだ。

「飲みたいから、一泊したかったんだよね。」と言った。

保養所の夕飯の時間は決まっており、決められた時間に行くと、グループごとに食事が用意されていた。

秋の行楽シーズンは過ぎていたが、食堂は宿泊客で賑わっていた。

料理はエビフライやロールキャベツなどがあって家庭料理に近かったが、ボリュームが多く美味しかった。


「二十六万かあ…すごいね、それ。」

夕飯を採りながら、隆のクレジットカードの話を潤にした。

せっかくの晩餐にこんな話はしたくなかったが、話さずにはいられなかった。

「うん。こっちがムカつくよ。すぐにメール消したよ。」

「あっ、それダメだよ。メール消しちゃ。」


潤がビールの泡を飛ばしながら言った。

「なんで?そんなメール嫌じゃん。」

「あのね、これまでの桃子の話を聞いた限りでは、旦那が百パー悪いよ。
女作ったんだから。調停がこじれたら、裁判になるかもしれない。
慰謝料も含めてもろもろを有利にするには、証拠が重要なんだ。裁判は証拠が命なんだ。」

「なんで潤、詳しいの…」

桃子は潤の言ってることの内容より、そっちのほうが驚いた。

さりげなく永瀬ではなく、「桃子」と呼んだことも。

それは深い意味はなく、潤の流儀だとわかっていても。

「そう?いっとくけど、俺、離婚したことないよ。高校の同級生で弁護士がいるんだけど、そいつが言っていた。
証拠、命って。」

「そうなんだ…」

「とにかく、どんなメールも着歴も消すなよ。」

そこまで話したところで、話に入れない愛菜がぐずり出した。

桃子たちは部屋に引き上げることにした。


「売店でビールとおつまみを買っておくから、愛菜ちゃんが寝たら部屋でゆっくり飲もう。」

潤は桃子にそう言った。

床の間のある奥の部屋に愛菜を寝かしつけた。

一日はしゃいでいた愛菜は横になるとすぐに寝た。

桃子は仕切りの襖を締め、海に面した部屋へ戻った。


たばこの匂いがした。

潤がベランダの窓を開け、たばこを吸っていた。

潤は桃子に気がついて振り向き、慌てて手に持っていた灰皿でたばこを揉み消した。

「悪い。ちょっと吸いたくなって‥」

「うちはあいつが吸ってたから平気だよ。潤、吸うんだ?」

「一年に一本くらいね。」

潤が笑いながら言った。
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