貝殻の音色
全編
空調の効いたリビングには、三人の人影があった。対になったソファの片方に律子と信代、反対側のソファに修也が座り、思い思いの飲み物を手にしている。
「今日もあっついわねえ……」
「九月に入ったって言うのに、残暑が厳しいわよね」
律子が呟くと、信代が返事をした。二人は年の近いいとこで、修也は信代の弟だ。律子と修也は同い年でもある。家が近いため、しょっちゅうこうしてどちらかの家にやってきては、駄弁ったりして過ごすのだ。大学はまだ夏休みで、レポートも終えてしまった律子はいつものごとく信代たちの家に遊びに来ていた。
律子はアイスコーヒーに入った氷をカランを鳴らしてから、あーあ、と言ってグラスを置いた。
「今年も、日焼け止めを一個使いきらないうちに夏が終わりそうなんだけど」
言うと、信代と修也が律子に顔を向けてきた。すると、信代が、分かるわあ、と言ってコーヒーの入ったカップを置いた。
「それだけ遊んでないってことよね。なんか寂しいわよねえ」
「そうか?」
「あんたはパソコンいじってれば満足な人だからいいけど」
私たちは違うのよ、と言って、信代はコーヒーをすすった。その言葉に、修也が「人を引きこもりみたいに言うな」と不服そうな表情を見せる。しかし、信代の言うこともあながち外れてはいないよな、と、律子は密かに思った。修也は情報処理系の学部に通っており、将来はシステムエンジニアになるのが目標なのだ。
律子もアイスコーヒーの入ったグラスを取ると、冷たいそれを一口飲んだ。ああ、もうすぐ冷たい飲み物が美味しい季節も終わるというのに。夏の始めに買った日焼け止めはまだ三分の一も使っていない。
「出かけるにしたって近所の買い物くらいだし、となると大抵紫外線カットのパーカー羽織るくらいで済ませるから、日焼け止めは使わないし。どれだけ遊んでないか分かるってもんよね」
律子が独り言のように言うと、信代がうんうんと頷き、修也は少々申し訳なさそうな顔をした。どちらの家も両親が共働きで、料理などの家事は律子と信代がそれぞれ担っている。となるとそうそう遅くまで遊び歩くわけにもいかず、自然、私用で出かけることは少なくなるのだ。
律子はグラスを手に持ったまま、信代に視線を向けて、また独り言のように言葉を放った。
「最近さ、爪が伸びるスピードが速いなって思うのよ。でもそれってつまりは、日々があっという間に過ぎてるってことじゃない?」
「分かる! 分かるわ!」
信代が大きく頷く。律子はそれで満足して、ようやく愚痴を終えた。まあ、こんなことを話していてもやるべきことが減るわけじゃないし、これくらいでいいだろう。
修也は、二人の会話を退屈そうに聞いていた。憮然とした顔のまま、カップに入ったコーヒーを一口すする。
そして、なにを思いついたのか、ふと気づいたような表情で顔を上げた。
「だったら、今からでも夏らしいことするか?」
「え?」
全く心当たりのない提案に、律子は頓狂な声を上げた。しかし修也は意に介していないらしく、同じ調子で言葉を続ける。
「海でも行くかつってんだ」
「……何で?」
突然の誘いに、律子が当然の疑問を放つと、修也は少しだけ眉間にしわを寄せた。形のいい眉がきゅっと寄る。
「お前が散々わめいてるからだろ。日焼け止めがどうの爪がどうの。何なら、今からでも日焼け止めとやらを使えばいいじゃねえか」
「いやまあ、そりゃそうなんだけど……」
律子が答えあぐねていると、横から信代が手を伸ばして、ぽんと肩を叩いた。律子がそちらを向けば、何故だか目元をほころばせているのが分かる。
「いってらっしゃいな、律子。せっかくだもの」
「うーん、信代姉さんがそう言うなら……行こうかな?」
その言葉に、信代がこっそり修也にウインクしたのは、律子の預かり知らぬところであった。
「今日もあっついわねえ……」
「九月に入ったって言うのに、残暑が厳しいわよね」
律子が呟くと、信代が返事をした。二人は年の近いいとこで、修也は信代の弟だ。律子と修也は同い年でもある。家が近いため、しょっちゅうこうしてどちらかの家にやってきては、駄弁ったりして過ごすのだ。大学はまだ夏休みで、レポートも終えてしまった律子はいつものごとく信代たちの家に遊びに来ていた。
律子はアイスコーヒーに入った氷をカランを鳴らしてから、あーあ、と言ってグラスを置いた。
「今年も、日焼け止めを一個使いきらないうちに夏が終わりそうなんだけど」
言うと、信代と修也が律子に顔を向けてきた。すると、信代が、分かるわあ、と言ってコーヒーの入ったカップを置いた。
「それだけ遊んでないってことよね。なんか寂しいわよねえ」
「そうか?」
「あんたはパソコンいじってれば満足な人だからいいけど」
私たちは違うのよ、と言って、信代はコーヒーをすすった。その言葉に、修也が「人を引きこもりみたいに言うな」と不服そうな表情を見せる。しかし、信代の言うこともあながち外れてはいないよな、と、律子は密かに思った。修也は情報処理系の学部に通っており、将来はシステムエンジニアになるのが目標なのだ。
律子もアイスコーヒーの入ったグラスを取ると、冷たいそれを一口飲んだ。ああ、もうすぐ冷たい飲み物が美味しい季節も終わるというのに。夏の始めに買った日焼け止めはまだ三分の一も使っていない。
「出かけるにしたって近所の買い物くらいだし、となると大抵紫外線カットのパーカー羽織るくらいで済ませるから、日焼け止めは使わないし。どれだけ遊んでないか分かるってもんよね」
律子が独り言のように言うと、信代がうんうんと頷き、修也は少々申し訳なさそうな顔をした。どちらの家も両親が共働きで、料理などの家事は律子と信代がそれぞれ担っている。となるとそうそう遅くまで遊び歩くわけにもいかず、自然、私用で出かけることは少なくなるのだ。
律子はグラスを手に持ったまま、信代に視線を向けて、また独り言のように言葉を放った。
「最近さ、爪が伸びるスピードが速いなって思うのよ。でもそれってつまりは、日々があっという間に過ぎてるってことじゃない?」
「分かる! 分かるわ!」
信代が大きく頷く。律子はそれで満足して、ようやく愚痴を終えた。まあ、こんなことを話していてもやるべきことが減るわけじゃないし、これくらいでいいだろう。
修也は、二人の会話を退屈そうに聞いていた。憮然とした顔のまま、カップに入ったコーヒーを一口すする。
そして、なにを思いついたのか、ふと気づいたような表情で顔を上げた。
「だったら、今からでも夏らしいことするか?」
「え?」
全く心当たりのない提案に、律子は頓狂な声を上げた。しかし修也は意に介していないらしく、同じ調子で言葉を続ける。
「海でも行くかつってんだ」
「……何で?」
突然の誘いに、律子が当然の疑問を放つと、修也は少しだけ眉間にしわを寄せた。形のいい眉がきゅっと寄る。
「お前が散々わめいてるからだろ。日焼け止めがどうの爪がどうの。何なら、今からでも日焼け止めとやらを使えばいいじゃねえか」
「いやまあ、そりゃそうなんだけど……」
律子が答えあぐねていると、横から信代が手を伸ばして、ぽんと肩を叩いた。律子がそちらを向けば、何故だか目元をほころばせているのが分かる。
「いってらっしゃいな、律子。せっかくだもの」
「うーん、信代姉さんがそう言うなら……行こうかな?」
その言葉に、信代がこっそり修也にウインクしたのは、律子の預かり知らぬところであった。