さよならまた逢う日まで
第2章
昇降口へ続く階段に出ると、ガブリエルは肩にかけた腕を外し、先を歩いた。


「ちょっと一緒に来てくれる?」


振り向きもせずガブリエルは言った。答える余地もなく、俺はあいつの中でついて来るものとなっていた。


ガブリエルはやっぱり振り向きもせず、校門へ向かった。


俺は自転車小屋へ急ぎ、自分の自転車に跨りガブリエルに追いついた。


一歩後ろを自転車を押しながら黙ってついて行くと、学校から歩いて20分程のところに、そこだけ時間が何十年も止まっているかのような、小さな洋館にたどり着いた。



「これ・・・俺ん家」


親指を後ろへ向けガブリエルは言った。



「え?お前ん家?・・・だってお前・・」



「まぁな、俺の身内ではないわな。

ここに住んでいるのは森川詩織さんっていう82歳のおばぁちゃん。

説明すると長くなるんだけど・・・人って言うもんは、何度も何度も生まれ変わるそうなんだわ、

この詩織さんもある人の生まれ変わりで・・・・

まぁ・・早い話が、詩織さんが、親父にとって大事な人の生まれ変わりだってぇのよ。


その人があとわずかの命なんだと。


親父はこの世の人間の最期を看取って来いって、詩織さんの所へ俺を送ったってわけ。」



なんだか理解に苦しむ内容に、俺はどう反応していいのかわからずにいた。



「俺は詩織さんの孫ってことになっている。


彼女を取り巻く全ての人の頭の中にも、彼女の孫ということでインプットされている。


だから誰も不審に思わないってわけ。


ちょっと上がってく?」



ガブリエルはやはり俺の答えを待たずにサッサと建物の中に入っていった。
 


植物が鬱蒼と生えている庭は、雑然としているように見え、それぞれがその場で生き生きと咲き誇り、丁寧に手入れされていることが見てわかった。
 

いい感じで年月を経た重厚な一枚板の玄関扉を開けると、コロコロンと優しい呼び鈴の音が辺りに響いた。


中に入ると、外の暑さをふっと取り去ってくれるような、ヒンヤリとした涼しさが出迎えてくれた。


「ばあちゃんただいま。」



「お帰りレオ。今日は早いのねぇ。あら?お友達?」


笑顔がとても素敵な人だった。とても元気そうなこの人が後わずかの命・・・



「こんにちは。」
 

俺は頭だけ下げ挨拶をした。


「こいつ草野啓太。アメリカ行く前の幼馴染。


ばぁちゃん覚えてない?日の出山で野良犬に襲われて俺が助けた、あいつ。」
 


・・・確かに・・・俺小3の時裏の日の出山で野良犬に襲われたことある・・・。


あん時どうやって助かったかは覚えていないけど、確かに逃げる時、転んで擦りむいた傷跡は今も左膝にある。


神様ってのは何でもお見通しなんだな・・・怖え・・・。


「あ~あの啓ちゃん。ずいぶん立派になって。」
おばあさんは、遠い昔を思い出すように、目を細め優しく微笑んだ。


「またレオの事よろしくね。父親の都合で海外を行ったり来たりで、何かと世間知らずな所があると思うから、啓ちゃんからもいろいろ言ってやってね。」
 

不思議な感じがした。作られた記憶とは言え、孫を思いやる暖かさが会話からジンワリと伝わってきた。


「はい。」


この人は、こうやっていろいろな人を癒してきた人なんだろうな。そう感じた。


「ばあちゃん、具合どう?」


「うん、今日は調子がいいから大丈夫だよ。そんなに心配しなくていいから。」


椅子の手すりに掛けたガブリエルの手をおばあさんは両手で包んだ。


「そう。よかった。じゃ俺2階行くから。啓太行くぞ。」


ガブリエルはおばあさんの肩に手を置き、部屋を出て行った。



「お邪魔します。」



軽く会釈をして俺も部屋を出た。


少し急な階段の所々に、天使のオブジェがさりげなく飾られていた。


来客を招くようにそれらは優しく微笑んでいた。


細い廊下の突き当たりに、玄関と同じように年月を経た扉が出迎えた。


「ここが俺の部屋。」


入って目の前に大きな出窓があり、その先には葉を生い茂らせ、枝を広げた大木が佇んでいた。

この大きな木が日差しを遮っていたため、この家には真夏の暑さを感じなかったのだろう。


遮光カーテンが涼しい風に操られ柔らかにそよいでいた。

< 22 / 73 >

この作品をシェア

pagetop