束縛+甘い言葉責め=溜息
 袋の上には、ボールペンで『ピル』と殴り書きされている。

 固まって動けなかった。

 信じられないという気持ちでいっぱいになる。

 ピルで……避妊を……。

「……今日、病院行ってたの」

 動かず、処方箋の袋を手に持ったままの俺に気付いた真紀は、小さな声で言った。

「…………」

 返す言葉が見つからず、また、顔を見ることもできなかった。

「私の話……聞いてくれないしっ……、外出たいって言った……ら、5人目…………」

 家庭というものの意味を、子供というものの意味を、全てを否定するには十分な涙声だった。

 ただ、すすり泣く声が聞こえる。腕の中の四男は寝入ったせいでずっしりと重くなる。

 わけが分からなかった。

 そんな…………まさ、か……。
「パパ……電話……」

 言われて初めてスマホが鳴っていることに気が付いた。

 着信音で分かる。店からだ。

 大したことじゃない。そう決め込んで、出ずにいた。

 だが、次は着信音が変わり、仕方なく四男をゆっくりソファに置く。ディスプレイを見てみると、今度は柏木の携帯からだった。

 溜息を吐いて、ボタンを一つ押す。

「はい」

 短く返事だけした。

『大変です、オーナー!
 野島が、ヤクでサツに掴まりました!』

 一体どうなってるんだ!? と、ただ頭が真っ白になる。

『あいつ、店でも吸ってたらしくて、口を割ったら確実にガサ入れされます。
 どうしましょう!?』

 待て。……何が、どうなっている?

 野島? バイトの? 柏木のスマホをわざわざ隠した奴が? いや、あれは夢の出来事……。

『オーナー? 大丈夫ですか!?』

 一体、何でそんな……。

「あっ、ああ、とりあえず、行く」 

 すぐに電話を切った。と同時に、歯を食いしばって泣いていた真紀が、ソファから四男を奪い取り、三男の手も取る。

「いこ」 

 まさか、出て行くつもりなのかと目で後を追ったが、そうではないらしい。

 どうやら、和室に行くようだ。母親の一声で、残りの長男と次男もすぐに後につく。

「ごめん、ちょっと店行ってくる。話は後で必ずする」

 真紀の方をしっかりと見て言ったが、彼女はまるで誰もいないかのように、素通りしていく。

「……ちょっと、大変なことになった」

 少し説明してから行こうと思ったが、こちらを見てもくれない。

「話なんて、最初から聞いてくれないくせに」

 それだけ言って、和室の障子を閉められた。

「待てよ……」

 小さく呟いた。だが、今は本当にそれどころではない。

 とりあえず、着替えなければいけない。いや、電話が先か……。

 数秒立ち尽くして、頭を整理する。

 時刻は午後9時08分。夜はまだ明けたばかりだ。


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