隣人M

二人の死闘

夏彦は言うが早いが、ドリブルで椎名を抜き去った。―夏彦は強いんだ。椎名さんに勝てるわけがない。夏彦がドリブルをしている間に、腕に巻かれた包帯がスルスルと取れていく。ちらりと見えたものは、大きく目立つ傷痕だった。


……傷……きず……キズ……


血は一滴も流れていない。克己は言い様のない恐怖を感じて叫んだ。


「夏彦!」
「克己、心配するな。俺の力、知ってるだろ?」


夏彦の背中が語っていた。しかし克己は既に肌で感じていた。椎名は強い。素晴らしいバスケットボールの実力を持っている。


「夏彦……椎名さんは強いんだよ!」


克己が必死に叫んだ瞬間、バレーボールのスパイクのような激しい音がした。克己は思わず目を閉じたが、そっとまぶたを開いた。


「あ……」
「花形シューターさん、カンタンだな」


椎名がにやりと笑う。バスケットボールは、トントンと軽く弾んで転がっていき、地に転がった夏彦の体に微かな音をたててぶつかり、くるりと回って静止した。夏彦は大きな手でぐっとボールをつかみ、支えにしてよろけながら立ち上がった。


「くっ……あんな高いジャンプ……人間業じゃない……」
「誉め言葉かい?それでもまだ俺に突っかかる気かな?」


乱れた髪を手櫛で整え、軽く眼鏡を指で押し上げる椎名は、余裕たっぷりだった。それに比べ、夏彦は息が上がり、激しい呼吸をしていた。克己は泣きそうになっていた。


「やめろよ、夏彦!もうやめろ!」
「うるさい、克己……椎名さん、もう一度、ワン・オン・ワンだ」
「いいよ」


椎名は笑って腰を落とし、両腕を広げた。―スキがない。克己は呟いた。夏彦もドリブルをしながら戸惑っているようだ。舌打ちが聞こえる。抜けないのだ。ほんの少しのスキと、相手の波長をとらえる余裕がなくては難しい。しかし、夏彦には技術に余裕が伴っているかどうか―。


「くそっ」


夏彦がその場でシュート!バカな!スリーポイントラインよりずっと遠いのに、ロングシュートが得意でも入りっこない!克己が見守る中、ボールは美しい弧を描いてゴールに吸い込まれようとする。ぞくっとするほど滑らかなライン。静かに宙を切っていくボール。―勝てる。克己は勝利を確信した。が、目を椎名に移した瞬間、彼はそこにいなかった。


まさか。


次の瞬間、あの音が響いた。
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