秘めた想い~紅い菊の伝説2~

第二の事故

「お前、今日何の日か知ってる?」
 佐枝の病室、義男はベッドの脇に古ぼけたパイプ椅子を寄せて座っていた。
 見舞いに来ているはずの美鈴と啓介の姿はない。義男が体育館裏で費やした時間のうちに帰ってしまったようだった。
「知ってるわよ、バレンタインでしょう?」
 佐枝は窓の外を眺めて惚けている。
「何か忘れていないか?」
 義男の言葉に佐枝は怒って振り返った。
「何よあんた、怪我人にチョコレートを用意しろって?」
 佐枝の声は低く何かを含んでいた。
「いや、そういうつもりはないんだけど…」
 義男は歯を剥いている佐枝の言葉に押されていた。
「だいたいあんたは他の子から沢山貰っているでしょう?」
「そんなこと言うなよ。だいたいが義理なんだから」
 義男は体育館裏のことに触れないように言葉に注意していた。だがそれは無意識のうちにぎこちないものになっていた。それを佐枝は見逃さなかった。
「あんた、何か隠しているでしょう?」
 佐枝の視線が義男の心を刺し貫く。
「別に、何も隠していることなんかないさ」
「惚けても無駄よ。あんたは隠し事をしているとき鼻を掻くのよ」
 佐枝の言うとおり、義男は先ほどから鼻を掻いていた。付き合いが長いだけに微かな動作も佐枝は見逃さなかった。
「誰かに貰ったんでしょう?本命チョコ」
 そう言って佐枝は義男が膝の上に置いていた鞄をひったくり、中から小さくて丁寧に包まれたチョコレートを取り出した。それにはカードが添えてあり、渡し主の名前が記されている。
「ふうん、紺野さんからのかぁ」
 佐枝は蛍光灯の光に翳しながらそれをじっと見つめている。
「返せよ!」
 義男は佐枝の手からそれを取り戻そうとするが、佐枝はなかなか手放そうとはしなかった。
「ねえ、紺野さんって真面目な子よ。いい加減なことすると傷ついちゃうよ」
 チョコレートを取り返されて佐枝は義男をじっと見つめた。紺野絵里香のことは佐枝も知っていた。二クラスしかない学年のことだ知らない方が珍しいといえるのかもしれない。 絵里香は彼女のクラスの中でも一際大人しい女子だった。よほど大事に育てられたのか、一寸したことでも泣き出してしまいそうな雰囲気を持っていた。だからなのか、襟かを嫌っている女子もいたらしいが、幸い虐められてはいないようだった。
「で?付き合うの?」
 佐枝は再び窓の外を眺めだした。
「付き合うのって、急に言われても…」
 義男の言葉には自信がなかった。
「付き合ってあげたら?」
「いいのか?」
「なんで私が許可を出す必要があるの?それに彼女傷ついちゃうよ。断ったら…」
 佐枝は窓の外を向いたまま呟いた。
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