バージニティVirginity
出発の日は朝からとても暑い日だった。

東名を使い、行きは玲が海老名まで車を運転した。

海老名サービスエリアで休憩してから、その先は佳孝に運転を替わった。

平日だが、夏休みなので、サービスエリアは混雑していた。

「ファミリー多いよね」
助手席で玲は言う。

佳孝は、合流点でウインカーを左に出し、車の往来を確認しながら、おうむ返しに「多いよね」と答えた。

「ガソリン、あんまりねえな…どっかで入れなきゃ」
メーターを見た佳孝は、独り言のように言った。


(あっ?…)

ふと、ハンドルを握る佳孝の左手薬指に結婚指輪がないことに玲は気がつく。

家でも佳孝は指輪を外すことなどなかった。

なぜ、外したんだろう…?

女と逢い、せがまれて外したんじゃないだろうか……?
玲は怯えた。

気を奮い立たせて訊く。

「ね。佳孝。指輪してないけど、どうしちゃったの?」

佳孝は「えっ?」と目だけ動かして、自分の左手を見る。


「うわ。ヤバイ。昨日、教習が始まる前に草むしりさせられたんだよね。
泥が入っちゃって、指輪外したんだ。
洗面所の鏡の前に置いたはずだけど、あるかなあ…」

「えっ草むしりなんてあるんだー」

佳孝は左利きだ。
玲は明るく笑った。

佳孝の言い方に嘘はないようだ、と思った。
今は佳孝を信用するしかない。
疑ってしまえば旅行が台無しになってしまう。





お昼ごろ、玲の実家に到着した。


玲の両親と兄一家が住む家は一昨年、二世帯住宅に改築したばかりで、7LDKという玲の住む街場では、考えられない広さだ。

広い庭には父親が農作業で使う軽トラックと兄と父親が共有する紺のセダン、兄嫁のピンクの軽自動車が停められていた。

皆、出掛けずに玲たちを待っていてくれているようだった。

玄関の入り口付近には、幼児用の補助輪付き自転車や三輪車が乗り捨てられていた。

玲達の車が庭に入った音を聞きつけて、三歳の孫を抱っこした玲の母が玄関から出てくる。

三歳の玲の姪は、車から降りる玲と佳孝を見て指を差しながら、可愛らしい声で祖母に何か言っていた。


今や玲の実家は、この姪の優香を中心に廻っていた。

優香は兄夫婦が結婚10年目にしてやっと授かった宝物だった。

兄は41歳で父親となり、兄嫁は37歳にして初産だった。

念願の孫が出来、祖父となった玲の父は、「この家は優香に跡を継がせる」
などと真顔で言い、兄は

「田んぼなんてもらっても面倒くせーばっかりだよ。かえって優香が可哀想だ」
と言い捨てる。

すると、父はムキになって
「バカ言うな。駅前のマンションだってあるじゃないか」
と言い返した。

昔から父と兄はずけずけとものを言い合い、よく喧嘩をしていた。


玲の実家は兼業農家で、先祖代々からの土地を持つちょっとした資産家だった。

数年前に父は駅の近くにあった畑を潰し、五階建てのマンションを建てていた。

玲が結婚するにあたって、父は跡取りの兄が土地家屋全てを相続する代わりに、玲には今、玲と佳孝が住んでいるマンションを買い与えていた。

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