バージニティVirginity
佳孝は出て行った。

それなのに、キスマークはいつまでも玲の身体から消えずにいた。

風邪をこじらせたことにして、仕事は休んでいた。

サトルからは、何度かメールが来て
逢いたい、と書いてあったけれど、返信はしなかった。

避けられていることに気付いたサトルは

[お前なんか風俗いけ。バーカ!]
とメールを寄越してきた。

「ムカつく…」
携帯を持つ玲の手は震えた。

サトルには本当に酷い目に遭わされた。サトルを恨む気持ちでいっぱいだが、それよりも一番悪いのは、自分自身だとわかっていた。


豊には、佳孝が出て行った夜にメールした。

サトルのことはさすがに言えなかったが、夫が浮気に気づいてしまった、もう逢えないかもしれません、と伝えた。

豊とももう別れるつもりだった。
あやふやな伝え方をしたのは、豊を傷つけたくなかったからだ。

不適切な関係だったけれど、豊は一時期の玲を救い、本当によくしてくれた。
そのことには感謝していた。

豊からの最後のメールは、玲を心配するものだった。
[何かあったら、相談に乗るからね。]
と結んであった。

もう豊も妻帯者だ。玲のことを深追いするはずもない。



仕事から帰ってきた玲はテレビを観ながら、遅い夕飯を摂っていた。

テレビはバラエティ番組をやっていた。いろんなタレントが出て来ては騒いでいた。

玲はこういう番組は好きではなかったが、佳孝はよく観ていた。


今頃、川崎の実家で佳孝も同じ番組を観ているかもしれないーーー

川崎の両親には、なんて説明しているのだろう…

玲はぼんやり思った。


佳孝が出て行ってから、1週間。

昨日、佳孝から連絡があった。

歯医者に行きたいので、保険証を川崎に送って欲しい、という短いメールだった。

そのメールを読んだ玲は溜息を吐いた。


佳孝には頑固なところがあった。

帰ってきて、と懇願するより今は、佳孝のしたいようにさせるのが一番良いのかもしれない…
玲はそう考えた。

キスマークの跡もだいぶ薄くなったので、首筋のそれはコンシーラーで隠して、昨日からラウンジに出勤していた。
仕事をしていたほうが気が紛れて楽だった。


何も考えたくなかった。

佳孝は前に『玲と別れる時は死ぬ時だ』と言ったけれど、今もそう思っているのだろうかーーー


「あっ…」

キッチンで洗い物をしている時、玲はふと気がついた。

自分が結婚指輪をしていないことに。

よくよく考えて見ると、熱海の保養所に行った時、佳孝が結婚指輪をしていなかったので、自分も指輪を外したのだった。

どうして、今の今まで気がつかなかったのか……

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