バージニティVirginity
三十歳を目前に会社を辞めてしまった玲の兄・健一が、一時期このスイミングスクールのコーチのアルバイトをしていた。


健一は玲に、スイミングスクールでは、日曜日の午後、プールを一般に開放していて、会員でなくても五百円で五時まで泳げるよ、と教えてくれた。


四月に新社会人として照明器具のメーカーに入社を控えていた玲は、ファミレスのバイトも辞めてしまった。

せっかくダイエットが成功しつつあるのに、家にいることが多くなったせいか、リバウンド気味だった。

会社の制服のサイズが上がってしまうかもしれない。
それは絶対避けたかった。


新しい生活で、仕事を頑張って、恋もしたい、生まれ変わりたいと思っていた。


暇つぶしも兼ねて日曜日の午後、プールに行くことにした。

二月の寒い時期に、会員でもないのに、わざわざプールに行こうと考える人は少ないらしく、フリータイムのプールに閑散としていた。

(良かった。これなら、あんまり人目を気にしなくてもいい…)
玲は嬉しくなった。

中学、高校時代に比べたら、かなり痩せたとはいえ、体形にはコンプレックスがあった。

運動はあまり得意ではないが、泳ぐことは嫌いではなかった。
水に浮いて、天井を眺めていると心地良かった。


ふと、プールサイドにいるスポーツ刈りの監視員が自分のことを見ている気がした。

(もしかしたら、知っている人かもしれない?…中学の同級生とか)

玲はなんとなく気になってきて、彼の方を見ると、視線が合ってしまった。

玲は慌てて視線を外した。

やはり見覚えはない。

よく見れば、思い出すかもしれない。

そんなことを考えると、ついチラチラと見てしまい、監視員と何度か目が合ってしまった。

すると、監視員は、玲に向かってわずかに頭を下げた。

(うわあ…どうしよ)
引きつった笑いを浮かべ、玲も頭を下げた。


三十分ほど前、おニューの競泳水着を着た玲がプールサイドに出た時、その監視員は玲を見て、あっという顔をした。

プールには、お年寄りや親子連れがぽつぽついるだけで、玲のような若い娘などいなかったから、目立ったのだろう。


「こんにちは!プールに入る前に準備体操してくださいね!」


監視員は、玲の方へ近づくと人懐こい笑顔で、元気よく言ったのだ。


玲を意識しているのは明らかだった。


彼は見事な体をしていた。

肩、二の腕、胸に盛り上がった筋肉がついていて、いわゆる逆三角形、という体形だった。
その体にスパッツタイプの競泳水着を履いていた。

その胸板の厚さと逞しさに、玲は生々しいものを感じて赤くなってしまい、
「はい」と俯いて答えた。



二十歳(ハタチ)になったばかりの玲は男を知らなかった。

男と付き合ったこともなければ、恋をしたこともなかった。

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