バージニティVirginity
一期一会の男
その年の春、加集から突然、玲の家に電話があった。

玲が桜田と別れて、三ヶ月後のことだった。



「今、トロントから一時帰国しているんだ」


加集は今は新潟の実家にいる、東京で行われる空手のトーナメント戦に出る為に日本に帰ってきたんだ、と快活に言った。

時間があるなら、試合を観にきて、と玲を誘った。



加集はトロントに渡ってからしばらく経った頃、1枚の絵葉書を玲に送ってくれた。


その絵葉書に書かれた差し出し人欄には
『加集光正』とあった。

加集の苗字ばかり呼んでいて、下の名前の漢字を知らなかったことに、玲はその時、気が付いた。


そして電話から一週間後、空手トーナメント大会会場で、玲は加集と一年ぶりの再会をした。

空手道着を来た加集は、玲を見つけると軽く手をあげてみせ、一年前と同じ笑顔を見せた。


「うわあ、加集さん!」


玲は嬉しくて加集に飛びついた。

「元気そうだね、玲ちゃん」

「うん。加集さん、すごく空手着似合うね〜」

「まーね。強そうに見えるでしょ?」


加集は不思議な男だった。

容貌はちょっと強面で男臭いのに、話すと途端に親しみが湧いてくる。


「玲ちゃん、なんか変わったな〜」

加集は腕組みをして、からかうように言った。
あのドライブの時のように。


「髪の毛伸びたし、痩せたでしょ?十五キロ痩せたんだよ」

「本当。すごいね、紅茶キノコでも飲んだの?」

「やだ、加集さん、なに紅茶キノコって?」


玲はきゃっきゃとはしゃいで言う。

約一年ぶりの再会を全身で喜ばずにはいられなかった。
加集の前では本当に自然体でいられた。


「ねえ、加集さん、胸の筋肉、触ってみてもいい?」

玲の大胆な申し出に、加集は少し驚いたような顔をした。

「いいよ」

玲は白い綿布の生地越しに、加集の胸に触れた。


「すごーい!硬ーい!鍛えてるって感じ……」

玲が感に入って言うと、加集は戸惑ったような笑みを浮かべた。

「玲ちゃんに触られるなんて変な感じだよ」

加集は少し赤くなっていた。

玲は気付く。

今日、会った時から、加集が玲の顔を見ながらも、決して目を合わせようとしないことに。

(どうしてなんだろう…)
不思議だった。



関係者が加集を呼びにきた。

「あっ!ちょっと加集さん、待って!」

玲は慌てて、カメラを出し、加集との
2ショット写真の撮影を願い出た。


「加集さん、頑張ってね」

「おう」

加集は微笑んで軽く手を上げ、控えへ消えた。



< 47 / 57 >

この作品をシェア

pagetop