バージニティVirginity
ミルフィーユ
咲に会うのは、三ヶ月ぶりだった。

「お邪魔します」

玄関先で丁寧に言う咲は、母親になってから随分と雰囲気が丸くなった。


「じゃあ、まだ旦那、相変わらずなの!?」

咲はティーカップを両手で包むようにもち、一重瞼の目を見開く。


「多分ね。証拠とかはないんだけど」

玲は、ミルフィーユを乱暴にフォークで突き刺す。

層になったミルフィーユにフォークは上手く刺さらず、無残にも崩れてしまった。

こうなるってわかってたのに、なんでこんなもの買ってきちゃったんだろ…と思った。

玲はバラバラのミルフィーユをフォークで拾い集めて、口の中に放り込む。

ちらっと咲のほうを見ると、同じフォークを使っているのに、咲は、綺麗にミルフィーユを切り分け食べていた。

(他のにすればよかった…)


咲が遠路はるばる遊びにくるので、午前中美味しいと評判のケーキ屋に車で片道30分かけて買いに行った。

いろんな種類のケーキが並ぶ中、ミルフィーユを選んでしまった。


咲は、手土産に小田原の蒲鉾を持ってきてくれた。

主婦だねぇ、と玲が笑いながら言うと、咲も笑いながら、お互い様でしょ、と切り返してきた。


彼女は元同僚で、唯一、玲が現在進行形で付き合いのある友人だ。

偶然に咲の夫が玲と同じ小田原出身で、結婚した今は小田原に住んでいた。


「玲、よく黙ってるよね〜。二年も。
私だったら、大喧嘩してでも、絶対別れさすけどな」

咲はなんでも真っ直ぐに見る。

それは咲の人生が真っ直ぐだからに違いないと玲は思う。


玲と共に照明器具メーカーに同期入社した咲は、配属先の先輩と職場恋愛し、三年も経たないうちに結婚退職した。

「そお?喧嘩するのって面倒じゃない。疲れるし。労力の無駄な気がする」
玲はダージリンティーを啜った。

「まあ、玲も旦那のこと言えないしね。まだ看護師くんと付き合ってるの?」

「うん。こないだも会ったよ。葉山にドライブしに行った」


咲には、豊が結婚したことを言うつもりはなかった。


今日ここにくる為に、同居する義母に子供たちを預けて来たという咲は、始終子供のことを気にかけていた。

生活の中心が幼い娘二人だという咲に、もうこれ以上の話は毒だと思った。


「玲も結婚して、落ち着いたと思ったのにねぇ…」

「私も落ち着きたかったんだけどねぇ」

玲と咲は同時に溜息をつき、それが可笑しくて笑い出す。

咲はいい女だ、と玲は思う。

愚痴を言わない。
人の悪口をいわない。

玲の周りでは稀有な存在だ。


玲の結婚が決まった時、咲と二人で飲みにいき、酔った勢いでお互いの経験人数を告白しあった。

玲のは、咲の五倍ぐらいあった。

「玲は可愛いから、男がほっとかないもんね」
咲はそう言って笑った。

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