バージニティVirginity
夜更けに密着した空間に二人きりでいたのに、佳孝がキスもせずに玲の自宅の近くまで送り届けてくれたことが、玲にはものすごく意外で新鮮だった。

佳孝に今までの男とは違う何かを感じた。

ーーもしかしたら、これが恋なのかもしれない…

車のテールランプを見送りながら、玲は思った。







二月末、ラウンジは暇な時期だった。

春休みが始まるとまた忙しくなる。
つかの間の休息だった。


「南沢さん、俺、来週で辞めるんですよ」

午後の休憩所で、ペットボトルの紅茶を飲みながら、退屈しのぎにスマホをいじっていた玲に声を掛けてきた男がいた。

玲は、男を見上げる。

ウエイターの金井サトルだった。

サトルは黒髪で色白のひょろりとした今時な感じの青年だった。

黒いライダージャケットにジーパンの私服だったので、一瞬誰かわからなかった。

「就職することになったんです」

そう言うと、サトルはひょい、と玲の隣の椅子に腰掛ける。

「そうなんだ、おめでとう。良かったね」

玲はにっこりしながら小さな手提げバッグにスマホを仕舞った。


サトルが玲の隣に座った時、サトルの視線がちら、と自分の胸にいくのを玲は見逃さなかった。

「大学出て、いつまでもフリーターじゃ、ヤバイですからね。親に殺されますよ」

サトルは笑った。
少し、玲の顔色を伺うように。

真面目な男の子なんだな、と感じた。


サトルは半年ほど前にラウンジに入った子で、今まで同じシフトになったことはあったが、挨拶程度しかしたことがなかった。

二十代半ばで童顔のサトルは子供のように見えて、玲はなんの興味も抱かなかった。


休憩時間に玲とサトルはお互いの話をする。

サトルが熱海出身だということが、玲にはウケて、思わずケラケラと笑ってしまった。

そして、私は小田原だよ、というと、
サトルは
「小田原かあ、俺の勝ちですね。
小田原って城しかないもん」

と笑いながら反撃するように冗談を言った。


ラウンジでの玲の人間関係は、全く希薄だった。

玲には特に親しい同僚もおらず、仕事が終わるとまっすぐに家に帰った。

週五回、一日五時間程度。

子供のいない玲は時間帯はどうにでもなる。

夫の定休日である月曜日以外なら、人手のない空いているシフトに入れてくれていいですよ、と面接の時、マネージャーに告げていた。

玲は便利な存在だった。

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