月の大陸
事件は異世界で起こっていました。
先頭を歩くのは金髪碧眼の美青年
形の良い眉と少し気の強そうな鋭い瞳は女子に受けること間違いなし
白い外套の襟は金の刺繍が施され、仕立てのいい服装とその外見から
貴族であるのが一目瞭然だった

その青年のすぐ後ろを歩くのは
肩まである黒髪を低い位置で一つにまとめた
左目の泣き黒子が印象的な中性的な美青年だった
金髪の男とは違い落ち着いた文官の様な雰囲気だが
こちらも服装や仕草から貴族であることが窺えた


えーと…この人たちは誰だっけ?

あー…ネタ帳に書いたよね…
確か金髪が三国のうちの一つフォーンジョット王国の皇太子で
黒髪がその側近で宰相の息子だったような…
名前は…あーダメ!みんな横文字で似たような名前だから覚えきれないな

ミランダ(葵)は作品を作るのにあたり横文字の名前をそんなには思いつけず
惑星や衛星の名前を使用していた
日本人の性か横文字の名前と言ったら
「ジョニー」「ボブ」「クリス」等が精一杯である

結局二人の名前を思いだせないまま
気が付けば目の前に対峙していた

「碧の魔女と紅の魔女か?」

金髪の男が不躾にミランダとエアリエルを見定めていた

「ステファーノ様、初対面の女性にそれはあまりにも失礼ですよ。
王家の品位を問われてします。」

あぁ!そうだったこの金髪の失礼男はステファーノだった!
ってことは側近は

「主人の無礼変わってお詫びいたします。
私はフォーンジョット王国王太子側近セリクシニ・オべロンと申します。」

そうそう、セリクシニ!!
やっと思い出した

セリクシニが丁寧に礼を取るのを見ながら
ミランダはその所作の美しさにくぎ付けになった

現代日本の中でこんな風に優雅に所作を取るのはマナー講師以外いないだろう
しかも、中性的な美形がやると男性の魅力も増して見える

「貴女様がたは魔女様でよろしいでしょうか?」

小首をかしげるセリクシニに若干の胸のときめきを感じながら
ミランダはエアリエルを促して礼を取る

「お初にお目も氏つかまつります。私が碧の魔女ミランダ・オ―グです。」

「同じく紅の魔女エアリエル・オ―グです。」

口上を述べるとステファーノはいささか表情を緩め肩の力が抜けたようだった

「私はステファーノだ。
今日は碧の魔女殿に話があってきたのだが生憎森への入り方がわからず
セリクと二人ここで立ち往生していた所だ。出迎え感謝する。」

ミランダとエアリエルは第一声目を発した時との彼の違いに驚きながらも
体を戻した

「王太子殿下自らがいらっしゃるとは…お手数をおかけいたしました。
駐屯させている弟子にご命令くださればこちらからお伺いいたしましたのに。」

「いや、たまには城を出て自国を見るのも悪くはない。
おかげで気が付いた事や知り得た事がたくさんある。気にするな。」

フォーンジョット王国から北に上りマティス山脈を越えて
この森の入口になるが陸路は約二週間かかる遠路だった
さらに、森に入ってからミランダたちが住む魔塔まで約5日はかかるだろう
それほどまでしてミランダと話したかった事を考えると
その重要さにミランダは少し腰が引けた

「姉さん、これ以上立ち話も失礼だから魔塔へご案内したら?
エララにはお二人の事を連絡しておいたから
出迎える用意は出来ていると思うし。」

エアリエルに耳打ちされてミランダは頷いた
そして転移の魔方陣を発動させる

「長旅でお疲れでしょう。どうぞ魔塔へご案内いたします。
こちらの陣にお入りください。」

ミランダの言葉にステファーノとセリクシニは陣に足を踏み入れた
三人が人の上に立つと陣の外でエアリエルが微笑む

「馬車と従者は城に運んで置きます。
私はそのままミザールへ戻りますのでこちらで御前失礼いたします。

…姉さん、体気を付けて。無理しないでね?」

「紅の魔女殿、どうか今日見た事は内密に頼む。
それから、馬車の事気遣い感謝する。」

「もったいないお言葉ありがとうございます。
では。」

最後にミランダとエアリエルの視線が重なり次の瞬間に
ミランダたち三人は魔塔の応接室へと移動していた


「これは…?!」

静かに驚きの声を上げるセリクシニ
魔女の噂は聞いていたがその桁外れの魔力を体験するのは初めてで
しかもこれほど体に負担のかからない転移も経験が無かった

ミランダは応接室にしっかりとティーセットと菓子が用意してあるのを見て
エララに感謝した

夜は冷えるのだろう大理石の暖炉には薪が燃えている

二人と対面するようにミランダはソファに腰掛ける
いささか緊張が漂っていた
そして真剣な面持ちでステファーノが口を開いた

「魔女殿は最近我が国で起こっている事件を知っているか?」

事件…?
ミランダは首をかしげる
今、ミランダの中は葵なのだ
ここ最近…と言われてもうまく思いだせない
ミランダの記憶をたどって該当するのを考え出した

「弟子からの定期連絡でしか知りませんが…魔獣の件でしょうか?」

数週間前
ミランダはフォーンジョットに駐屯させている弟子シコラックスから
『魔獣事件』についての報告を受けていた

夜な夜な魔獣が現れて人間を襲うそうだ
しかも今までは国境や田舎などで起っていたが最近は王都で頻発しているという

ミランダの答えにステファーノはゆっくり頷いた

「もちろん今まででも魔獣に関する事件はあったが
今回は場所もそうだし、何より回数が多すぎる。
被害も甚大で民は怯えてしまって街からは活気が消えた。

それに…私が今回の事件と関わりあるのではと
疑う民も出てきてしまっている。」

少し哀しそうな色が整った顔ににじむ

「そこから先は私がご説明いたします。」

変わりにセリクシニが話を続けた

「王都での魔獣事件が発生したのは
ステファーノ様の立太子式の翌日からなのです。
これは全くの偶然なのですが…。
しかし
そのせいもあって民の中で
『ステファーノ様が王太子になったから魔獣が人を襲いだした』
と考える者が出てきてしまい、被害が増えるのに比例してその数も増えていき
つい先日城壁に火炎瓶が投げつけられました。

このままでは大規模な暴動が起きる可能性があります。」

深緑の瞳の色がグッと濃くなるのをミランダは真正面からとらえる事が出来た
二人の悔しさがヒシヒシと伝わってくる

「私は民に危険が及ぶのなら王太子を還そうとも思っている。
辺境伯の爵位でも貰って田舎に引っ込んでもいい。

ただ、原因がはっきりしない以上身動きがとれない。
私の退位が望みで何ものかが民を襲っているとしたら私が引けばいいが
それ以外の場合はその者を捕え、暴挙にいたった経緯も聞く必要がある。

王国騎士団を総出で事件の解決と民の護衛にあたらせているが
全く成果が上がらない。」

ここまでステファーノが話してミランダは二人が自分を尋ねた理由を知った

「…私に魔獣事件を解決してほしいと?」

敬語も何もない言葉
しかしそんな余裕ミランダにはなった

外見はこの世界一番の魔法使いだが中身はごく普通の一般市民
RPGの勇者の様に王様から魔王退治を命じられて
ダンジョンに出るわけにはいかない
MPは無限でもHPはまだまだ足りないし、レベルは1だ
こちらには攻略本もセーブもお金で蘇らせてくれる教会も無いのだ
葵は全身の熱がゆっくり引いて行くのを感じる

「そうだ。」
そしてゆっくりと返答が返された
< 4 / 17 >

この作品をシェア

pagetop