月の大陸
たまに不安になるんです。
明日の早朝に結界を張るという事でみな解散した

ミランダはシコラックス、プロスぺローを従え
前後をカイルとロザリンドに挟まれながら移動していた
その仰々しさにミランダ(葵)は心の中でごちる

これじゃまるでお姫様行列だよねー…
こんなに堅苦しい生活ならもっとノーマルな設定にすればよかったかな
ミランダは少し可哀想かも…

シコラックスが言った後その場の雰囲気が一変したのがわかった
皆ミランダを見る目が変わった
それはまるで異端者でも見る様な…居心地の悪い視線
ある意味では異端者なのかもしれない
だから魔女と言う地位にいてこんなにも多くの人が仕えてくれている

でもそれってミランダ自身が望んだ事じゃないのかもしれない
私が設定したせいで彼女は今まで何回もこんな風な視線にさらされて来たの?

葵は「小説が面白くなれば」その一心で主人公を不幸にしようと考えていた
最終的にはハッピーエンドでもその過程は辛く苦しいものに…と
しかし、実際に自分が主人公となった今はその非道さを許せない

これから先どんなストーリー展開になるかわからないけど
ミランダ…貴女の事不幸になんかしないから
きっとハッピーエンドで終わらせてみせる…

そこまで考えてふと思う

何故自分はミランダの中に入ってしまったのだろう…
事件の事を考えている時は感じなかったのに
先ほど閉まったばかりの闇が顔を出す

元の世界に戻れるのかな…?
今私の体はどうなっているのだろう…?
ミランダが使っている?
そしたらきっと驚くだろうな…容姿を見て驚愕するかも
本当の私は絶世の美女じゃない
弟子たちよりも遥かに劣るし何より地味だし美貌のかけらもない
嫌がられちゃったりして…

一度マイナスに考えてしまうとそちらに思考が向いてしまうのは葵の悪い癖だ
なにより、突然の異世界トリップ
自分の造った世界とはいえ急激に変わった環境に
精神面で大きな負担をかけていた

不意に歩いていたミランダがそのまま膝から崩れ落ちる

「お師匠様!?」
「ミランダ様!!」

弟子たちの声を遠くに聞きながらミランダは意識を手放した

そのまま床に倒れるはずの彼女の体はふわりと浮きあがり
仰向けのまま静かに空を漂っている
そしてシャボン玉のような膜につつまれた

「これで回復が出来るはず…。
どうしちゃったのお師匠様…こんなに精神がすり減ってるよ?」

シコラックスは心配そうにつぶやいた
同じくミランダの精神の疲れを読み取ったプロスぺローが
震えるシコラックスの小さな肩に手を置いた

「大丈夫。すぐにお目覚めになるわ。」

そして事態を傍観していた騎士二人に向き直った

「…離宮へ戻ります。殿下にこの事をお伝えください。
事によっては明日の結界は私たちが張りますので。
失礼いたします。」

二人は肩を寄せ合いミランダを囲むようにしてそのまま姿を消した

「き、消えた!?」

「転移魔法を使ったのだろう。
万が一の為に城のいたるところに転移の魔法陣が施してあるからな。」

驚くロザリンドを促してカイルはステファーノの元へ向かった


二人からの報告を受けて執務室で政務に追われていたステファーノが手を止めた

「そうか。ミランダの容体は?」

「まだ何も。弟子の二人が介抱していたので問題はないかと思いますよ?
後ほど、様子をうかがってきますか?」

カイルの言葉にステファーノは首を振った

「よい。報告ごくろう。持ち場に戻ってくれ。」

「了解。」

二人が退室したのを確認してステファーノは
横に控えていたセリクシニに視線を向ける

「…無理をさせてしまったのだろうか?」

ステファーノの顔に不安が覗く

「きっと彼女自身が気づかないところで無理をしてしまっていたのでしょう。
ステーフが気にすることはないと思いますよ。」

セリクシニが慰めるがステファーノの表情は晴れない
それを見てセリクシニは陰でため息をこぼす

「気になるなら後ほど様子を見に行ってみましょうか?」

「ああ…そうしてくれ。
俺が行くと気を遣ってしまうだろうからな…。」

「本当に…ステーフは見た目の豪華さと違って中身はナイーブな人ですね。」

クスクスと笑いながら書類に視線を戻したセリクシニに一瞥をくれてやると
ステファーノも仕事に戻った


数時間後
セリクシニが魔法使いの離宮を尋ねるとミランダの意識は回復していなかった
ミランダの寝室へ案内したプロスぺローは明日の準備の為に下がって行った

セリクシニは侍女を付けると申し出たがプロスぺロー二丁寧に断られてしまった
噂通り魔法使いは他の人間とのかかわりを避けるのか…
そんな事を考えながら静かにミランダの寝台へ近づく

純白のシーツに埋もれて眠るミランダはまるで人形のように美しく
天使のように純潔で儚い姿だった

美しい娘だ…歴代の魔女は皆絶世の美しさを持つと言うが…
気が付いたらその頬に手を伸ばしていた
もう少しで白い肌に触れる…その時

「…ラ…ダ…。」

ミランダの声に弾かれたようにセリクシニは寝台から離れた

「今のは…?…私は何をしていたのだ。」

自分の行動に気が付いて自嘲するセリクシニの耳に再び声が聞こえた

確かに聞こえた彼女の声
しかし目の前の彼女は先ほどと変わらず寝息を立てている

「寝言か…?」

確かめる様にもう一度寝台に近づくそしてそっと耳を傾けた

「…ミ…ランダ…ど…こにい…るの?」

「?!!」
彼女の言葉に衝撃を受けたセリクシニは少し距離を置いて
マジマジと寝台で眠る女性を見る

透き通るような白い肌に輝く銀髪
美しい容姿
周囲の魔法使いたちも彼女がミランダ・オ―グであると言っているし
彼女自身がそう言った
それに、実際に桁外れの魔力も見ている

「どういうことだ…?」

再び確かめようと近づいたがミランダはそれ以上何もいわなかった
ただ、辛そうに眉間が寄せられている

セリクシニは一瞬ためらったがそっとその皺に触れた
ミランダの少し低い体温にドキリと心臓が脈打つのを感じた

「大丈夫…。何も怯えることはないですよ。
…大丈夫…。」

囁くように紡がれた言葉はミランダの眉間のしわを消していく
そしてまた安らかな顔で寝息が聞こえてきた

それを確認したセリクシニはゆっくり寝台から離れドアに向かった

「…あなたは何を隠しているのですか?」

ポロリとこぼれた言葉は誰にも聞かれる事なく
拾われる事なく夜の帳に消えて行く…
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