フィニステール〜最果ての地へ〜
最果ての地
そうだ、ブルターニュに住もう。

そう思ったのは夏の終わり。観光客しかいないパリでは既に秋の風が吹いていて、アルマ橋の脇の街路樹の葉を散らしていた気がする。



その日の朝、神経質なポルトガル人夫婦の管理人たちが、アレクの部屋から漏れるピアノの音でまた同じアパルトマンの誰かから苦情が来ていると呼びとめて、まるきり関係ない廊下や階段の掃除の文句まで聞かされたため、音楽院での伴奏合わせの仕事に遅刻しそうになっていた。
しかも地下鉄はこの国では珍しくもないグレーヴェ(ストライキ)で動かない。タクシーに乗ってコンコルド広場で渋滞に巻き込まれるよりは、自分の足を信じて急いだ方が良い。そう判断できるぐらいにはアレクも立派にパリの人間になっていた。

世界中から素敵な田舎だと羨望を受けている南フランスのプロヴァンスの小さな村から、音楽院に進学のためパリに出てきて7年になる。弱冠23才のアレクの顔立ちはあどけなくは年よりも幼く見えるが、赤い髪の毛を無造作に輪ゴムくくっている様子はオールドミスの女教師のようでもある。実際彼女はアシスタントと言えど若くして音楽院に雇われており、このままオールドミスになるまで安定した国家公務員といっても過言ではない。もっとも、音楽家だとか芸術家、ピアニストという呼び方もできるはずなのだが、楽譜がたくさんつまった大きな小学生のようなレッスンバッグを三つ重ね持ちしている彼女はまるで証拠を押収してきた税務署職員のようで、ちっとも優雅ではない。


ガシガシ細身の黒いズボンでがに股で大きな動きで歩きながら、彼女は想像していた。

想像はアレクの専売特許である。歩いていてもご飯を食べていてもピアノを弾いていても彼女の精神は常に違う世界にあった。9月にしては肌寒い向かい風に立ち向かいながら、ひたすらもっと寒い北の果て、ブルターニュ地方に移住することを想像していたのである。

北の海の人魚たちは大変だわ、もっと酷い環境で歌うのね。船のひとつやふたつ道連れに沈ませたくなるものだわ。


しかし現実問題として、北の海の人魚ではなく、南国から来たというテンションの丸々とした歌手たちが音楽院で彼女を待っているはずの時間であるのは明白なので、彼女は空想に微睡むことなく、ガシガシと一層足を動かしつづけたのである。


そんなときには大抵母親からの能天気な電話が入るもので、必死で答える彼女に、週末は兄の30才の誕生日パーティーに南フランス来るようにと、それ以外の細かな話題を7つは織り交ぜるという特有の言い回しで母は告げた。そしてマドリッド通りの音楽院につく頃には、アレクは押しが強い母の電話を切れずに体力のほぼ80パーセントを失っていのであった。
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