フィニステール〜最果ての地へ〜

兄の誕生日

昼のパーティーはみんなでぺタンクをしたり、剣でシャンパンを開けたりしてはしゃいでいた。夜は若い男たちだけで飲みかわす習慣だから、アレクは参加しない。

久しぶりに見るジョアンは、ダビデ像のように美しく健康的で朗らかだ。アレクの子どもの頃から、イタリアの血が色濃いこの兄は場の中心にいた。女の子にも男の子にも人気があって、いたずらっぽい眼をしていてユーモアもあふれ、勉強も運動もできる。誰だってジョアンが兄ならば自慢に思ったことだろう。

パリでもその精彩を欠くことはなく、楽しく過ごしているようだった。

「しかし、同じ16区に住んでいるのに電話1つ寄越さないよなあ、わが妹は」

アレクは庭のバーベキューで焼いた腸詰めを頬張っていたから、すぐ返事が出来なくて戸惑った。

「アレクはもう学生寮じゃなくて、エッフェル塔の近くにアパルトマン借りたんだろう。窓から見えたりするのか?」

「うちの窓からだと逆だからエッフェルは見えない。見える部屋は家賃高くなるし」

やっとのことでそう答える。

兄の家はブーローニュの森寄りで、アレクの家からは地下鉄で一回乗り換えが必要な場所で閑静な住宅街だ。一度ジョアンの元恋人がアレクを夕食に招待してくれて、訪れたことがある。

「でも、トロカデロにも歩いていける距離のはいいよなぁ」

「うん、よく地下鉄ストライキするけど。でも9番線と6番線の2本あるから便利だよ」

「俺も住んでいい?」


あまりにびっくりして、アレクはシャンパンを落としそうになった。

「トゥシーヌが出ていってから部屋が広くてさ、不経済だし、引っ越ししたいんだよな、ピアノ部屋と寝室があるんだったら俺ピアノの下に寝るし、仕事忙しいからあんまり家にいないし。家賃半分払うからさ」

「あ、でも、私ブルターニュ地方に引っ越そうと思ってて」

アレクの返答を聞くとジョアンはまず眼を丸くして、それから笑い出した。

「ブルターニュなんて毎日雨降ってるようなド田舎になんで急に!」

妖精の話や人魚や伝説を話しても理解してもらえないだろうから、言葉に詰まってアレクはアンダルシア産のトマトより真っ赤になった。

「別に、なんでもないけど」

「恋人でもできたの?」


「違うったら」
赤くなって否定すればするほど、図星をつかれたかのように怪しいのだが、アレクは上手に説明もできないまま、いつの間にかジョアンは他の友人と話をしていた。
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