真紀は運転があまり好きではない。5年前に新車を購入した際も、夫に乗用車を勧められたがうまく運転できる気がしなくて結局軽を買ったが、後々子供が4人に増え、もう少し大きな車でも良かったかなと最近よく思っていた。

 だが、今日は運転しながらそんなどうでも良いことを考えたい気分ではなかった。

 本間は別に、こちらのことが好きでもなんでもない……。

 ハンドルを握りしめ、まっすぐ前を見つめて想うことはただ一つ。

 もしかしたら、本間がこちらに淡い恋心を抱いているのではないか、妻と離婚しても良いかもしれないと少しだけ考えているのではないか、という真紀の妄想から完全に外れた概念でただ遊んでいたなんて、悔しくて仕方がない、ということだった。

 慣れているんだ。ナースや受付嬢、患者や付添まで、あちこちから声がかかるに違いない。

 本間の雰囲気はいつも良い。明るくて、軽くて、優しい。

 ただ、相手の気持ちはそれほど考えていないのかもしれなかったが、逆に、考えてもらえるような立場でないことも明らかだった。

 明日、仕事行きたくないな……。

 というか、明日も本間は野菜ジュースを買いに売店に来るのだろうか?

 いや、普通に来るだろうな……。

 今後の逢瀬について、本間は何も言わなかったが、望んでいるともいないともとれない雰囲気だった。

 こちらが断れば納得しそうだったし、こちらが誘えば受け入れそうだったし、つまり、暇つぶしに過ぎないのではないだろうか、そんな気がした。

 時刻は6時10分前。幼稚園に長男を先に迎えに行き、次いで保育園に行くといういつもの流れだが、少し急がないと保育園が6時を過ぎてしまいそうだった。

 なんとか制限時間内に幼稚園の正門をくぐり、教室まで走って行く。

「こんにちはー」

 教室を覗きながら挨拶をしたが、すぐに長男は見当たらなかった。

「あれ? お迎えに来ましたよ。お父さんが」

 先生の説明に、えっ、まさか!? と驚いてしまう。

「入れ違い……になったんですか? えっと。今日は早かったですよ。4時くらい……に来たかな」

 そんな早く?

 え、でも着信も何もなかったのに……。

 疑問ばかりが頭を回る。

「……そうだったんですか……。すみません、ちょっと電話してみます」

「あ、はい。間違いなくお父さんでしたから。心配はないと思いますけど」

 先生も責任を感じたのか、突然そこから逃れようとする。

 真紀は挨拶もそこそこに、幼稚園の廊下を小走りしながら、携帯を取り出した。

 やはり、着信もメールもない。

 夫の出社時間は午後7時が平均で、朝からそれまでは家で寝ているが、真紀が売店の仕事を4時に終え、幼稚園と保育園を回り、園庭で遊んで買い物に行って帰宅が6時頃になっても、まさか勝手に迎えに行ったことなど一度もない。

 遅くなっても連絡してきたことは、ほとんどなかったのではないか。

 大きく深呼吸しながら、発信ボタンを押して、相手が出るのを待つ。

 迎えに行ったということは、今家で1人で子供4人をみているのだから、すぐには出ないと思っていたが、驚くほど速く吉住は出た。

『…………』

 吉住は何も言わない。

「もしもし? 迎えに行ったの? 先生がそう言うんだけど……」

『帰って来て。今すぐ』

「え……うん。ごめんね、ちょっと……遅くなって」

 話ている途中だが、電話は一方的に切られた。

 バレたとしか思えなかった。

 それくらいの怒りが伝わった。

 だとしたら、何をどう説明しよう。

 真紀は車に乗り、ハンドルを握る。

 深呼吸をしたが、落ち着くどころか逆に手が震えた。

 だが、とりあえず急いで帰らなければならない。

 自宅に。

 そう、4人みているから手がはなせなくて先に切ったのかもしれない。

 その可能性は残っている。

 何も、先に自ら暴露する必要はない。吉住が何も知らない可能性の方が圧倒的に高い。
 
 大丈夫。
 
 深呼吸をして、前を見つめ、落ち着いてから園の駐車場を出る。

 浮気がバレるなんてこと、あるはずがない。相手は自分のことを信用しているんだから、何も心配することはない。


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