オルガンの女神

何故こうなったのか…───。

今頃、依頼書を肴(さかな)に、蒸留酒を嗜んでいる筈だった。

『手伝って』

それが一本の電話により、車を隣街まで転がすはめになろうとは。


「勘弁して欲しいね」


街道沿いに車を停め、その光景に頭(こうべ)を垂れるベック。

視線の先には野次馬の群れ。

建物を警察車両の赤色灯が照らし、バリケードテープが張り巡らされている。

『KEEP OUT(立入禁止)』

そうは言うが、ここを通らなければならない。

“ピザ"を片手に、ベックは群衆を掻き分け進む。


「これより先は立入禁止となっています」


すると一人の警官が、手を広げ道を塞いだ。


「退いてくれ」

「立て籠り事件です。犯人は人質を拘束し玩具屋(hobby shop)を占拠しています。ご迷惑をお掛けしますが、御協力を」

「お喋りだね」

「既に報道されている事ですから」


「あらそう」と言いながら、ベックは遠くに目をやる。


「でも困ったな」

「と、言いますと」

「いやね、このピザ。その玩具屋(hobby shop)に届けるよう頼まれてね」


ピザを軽く持ち上げ、口端を緩める。

困った様子の警官。それを見兼ねてか、警部補の男が声を掛けた。


「おい、どうした」

「あ、いえ、あの、この男性が、ピザを届けたいと」

「どこへだ」

「は、犯人に」


「何?」と表情が強張る警部補。

ベックを睨む。


「あんた、犯人との関係は」

「犯人ね。俺には一人のお客様だ」

「仲間ではないんだな」

「もちろん」


それを聞いてか、警部補の目の色が変わる。


「それなら話は違う。すまないが犯人確保に協力して欲しい」

「協力…───?」


その“言葉"が可笑しくなり、下唇に指を添えてくつくつと笑う。

嘲笑的な笑みに、警部補も思わず眉を潜める。


「お断りだ」

「何…?」

「俺を口説きたきゃ、大金に“刺激(スパイス)"を掛けて持ってきな」

< 16 / 19 >

この作品をシェア

pagetop