魘戯れ
魘戯れ
苦しみの中にいた。

誰も助けてくれず、「助けてくれ!助けてくれ!」と連呼するのだった。

気づくと男は包丁を手にしていた。刃先を腹に当てんとしていた。

その時だった。

「ただいまぁ」

玄関の方で付き合って間もない女の声がした。男は包丁をもとあった場所に戻そうとした。

しかし、次に彼はおかしな行動をとるのだった。

彼女はいつもと何ら変わらない感じで大きな荷物を抱えてキッチンに向かっていく。男はその前に急いで走っていき、キッチンと繋がっているサンルームのソファーの下に包丁を隠したのだった。

「ただいま」

「あぁ、おかえり。トゥリマカシ」

男はどういうわけか自分がどこかで耳にしたことのある外国語を口にした。

すると、彼女は「えっ?」と疑問符を投げかけた。

「あぁ、インドネシア語だよ」

咄嗟にそれがインドネシア語であることを思い出した。

その後のことは記憶になかったが翌朝はいつもと変わらず隣で彼女が寝ていた。男は布団から這い出て昨日はどうも頭がショートしてイカれていたのだなと思った。

そして、キッチンの冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ。

すると、また昨日の記憶が鮮明に甦るのであった。あれは、俄武士の物真似常三郎だな。

なんて冗談を言い聞かせることでまたいつもの自分を巻き返そうとした。

しかし、頭は誰かにコントロールされているようでいうことをきかない。

次第に意識が遠退いていく。

何かの呪文が聞こえる。

男は必死にそれを振り払おうとする。気づくと、今度は激しく喚いていた。部屋中に彼の咆哮が響き渡ったっていた。

その声で目が覚めたのか、いつの間にか彼女は男の背中を擦ってしきりに「大丈夫、大丈夫、あなたにはあたしがついているから」というのであった。

彼女の穏やかな声を聞き、男はまた平常という名の城に戻った。

あの時彼女が居なかったら彼は間違いなく黄泉の世界へと引きずりこまれていたことだろう。

そして、あれ以来男は何かに苦しむことはなくなった。

「明日休日よね。どっか行かない?」

「そうだな、久しぶりにドライブでも行かないか」

「うん、いいよ」

彼女は微笑みを浮かべながら、頷いた。

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