超能力者は暇ではない
◆消えた教師
私立冬草学園高校の男性教師が消えた。
それは7月に入って一週間ほど経った頃の出来事だった。
消えた教師・小高は、自分の気に入った生徒にしか優しくしないことで有名な『生徒に嫌われる教師』であった。
一部の生徒の間では、かつて教え子に手を出したことがあるとか同期の教師の彼女を寝取って結婚しただとか確かめようのない噂も流されているようだが、他人の彼女を奪えるほど魅力的なルックスの持ち主なのかと聞かれれば、そうでもない。むしろありえない。
そんな可哀想な運命を背負わされた男・小高の話が京の耳に入るのに、そう時間はかからなかった。
超能力便利屋という仕事をしていれば、それなりに怪しい事件の話はいくらでも入ってくる。
「あ?なんだって?」
先日仕入れたばかりのダージリンティーを啜りながら、京が気だるそうに振り向いた。
焼きたてのスコーンにジャムを塗りながら、リオが答える。
「ですから、一緒に冬草学園高校に行こうと言っているんです。さっきの話聞いてましたよね?京様」
スコーンにジャムを塗り終えたリオはメイド服のエプロンで軽く手を拭くと、興味無さ気な顔をした京に新聞紙を渡した。
一面に『私立高校の男性教師 忽然と姿消す』と大きく書かれている。
京は呆れ顔で新聞紙を放り投げた。
「なんだ、ただの失踪事件じゃねえか」
「やっぱりさっきの話聞いてなかったんですね……」
「いや、聞いてたよ!内容忘れただけで」
「それを世間では『聞いてない』って言うんですよ。全く……もっとマシな嘘はつけないんですか」
リオは落ちた新聞紙を拾うと、小さくため息をついた。
ちなみにこの金髪碧眼の美少女・リオは、実は男である。
もっとも、それを知っているのは京だけだが。
紅茶のおかわりを催促する京に再びため息をつきながら、新聞記事の一部をリオが指差す。
「これ、失踪事件じゃないんですよ。この小高って教師、授業中に突然消えてしまったらしいんです。まるで最初からそこに居なかったように……」
「ウンコしたかったから教室抜け出しただけだろうが」
「だから、そういう事件じゃないんですってば!!そもそもウンコごときで新聞に載るわけないでしょうが!!」
リオはもう一度新聞紙を京に押し付けた。
「教室から出たきり帰ってこないとか、そういうことじゃないんですよ!授業の最中に、38人の生徒の目の前で、それこそ煙みたいに急に消えてしまったんです!」
小高はその日、1年B組の数学の授業を担当していた。
昼休み直後の授業ということもあり、大半の生徒が居眠りをしたり隣の席の人にちょっかいを出したり、小高の絶妙な七三分けについて語っていたりと、授業は散々だったらしい。
そしてその授業の最中に、チョークが床に落ちる音と共に小高は姿を消した。
悲鳴を上げる女子、驚きで声も出せない男子……
たちまち学校中に話が広がり、警察を呼ぶも無駄に終わってしまったという。
「で、僕はその話を直接聞きに行きたいんですよ!だってありえないじゃないですか!人がいきなり消えるなんて……!」
リオの目はキラキラ輝いている。ここ最近依頼がなかったから、久々にワクワクしているのかもしれない。
「んなコト言われても俺は暇じゃないんだよ。だいたい、依頼されたわけでもないのにコッチから仕事に行くなんて外道……」
京が言い終わる前に、リオは京を引きずって部屋の外に出ていた。
「おい!人の話を聞け!俺は外なんか出たくな……」
「はいはい、騒ぐ元気があれば大丈夫ですよ」
リオは彼の声に耳を傾けることなく、鼻歌を歌いながら京を外へ連れ出した。
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